白い練習空間
現在のジムに通い始めた頃に実感したのは、ボクシングジムのイメージが本当に変わったことだ。汗のにおいが染みついた昔ながらのジムとは違う。古いビルの一フロアをリフォームした、床から天井まで真っ白な空間は、清潔に手入れされている。フロア面積が限られているため、設備はリング一つと天井から吊るされたサンドバッグ五つ、それに大きな鏡だけだ。更衣室も大人が4人入るといっぱいになる。そして女性用の更衣室の方が広い(会員は男性の方が多い)。各更衣室にはシャワールームが一つ設置されていて、女性用更衣室にはドライヤーもある。このジムには数百名の会員が在籍していて、経営は順調とスタッフは語る。
ここまでの記述から、このジムに次の三つの特徴を見て取れるだろう。質素な設備、真っ白な練習空間、それに女性会員をとにかく大切にしている点だ。
一般会員の会費は、1ヵ月の無制限利用で、男性が1万2100円、女性が8800円である。会費も女性を優遇していることがわかる。一般会員の主たる年齢層は30〜40代であり、ボクシング未経験という人が多い。退会する人は少なく、それぞれの会員が自分のペースで通い続けている。平日は午前10時から12時、午後2時から10時まで開館、土曜日は午前中が同じで午後は2時から7時まで、日曜日は午前中だけで8時から12時までである。特に日曜日にはたくさんの会員が集い、シャドーボクシングをしていると隣の会員と当たりそうになるほど密になる。
会員はジムに来ると、電子会員証をかざして入館時間を記録する。更衣室で着替え、隅で拳にバンデージ(包帯)を自分で巻く。軽く体操をして、縄跳びを2ラウンド(1ラウンドは3分。その後40秒のインターバルを挟んで次のラウンドに進む。ジム内の共通タイマーが時間を教えてくれる)、シャドーボクシングを3ラウンド、対人練習であるマス・スパーリングを4ラウンド、サンドバッグを3ラウンド、ミット打ちを2ラウンド、最後にストレッチを1ラウンドおこなうと合計15ラウンドになり、1時間程度の練習になる。これは標準的な練習の流れであり、合計7ラウンドほどで手短に切り上げたり、逆に20ラウンド以上練習しても問題ない。
(『中央公論』3月号では、この後も人々がジムに通う理由、トレーニングする人たちの属性、社会学的な考察を詳しく論じている。)
1977年岡山県生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、身体文化論。単著に『ローカルボクサーと貧困世界』(日本社会学会奨励賞)、『タイミングの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2024第2位)、『エスノグラフィ入門』、共著に『調査する人生』などがある。