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ルポ・中国人留学生たちのリアル――内向き化するコミュニティ

中島 恵(ジャーナリスト)
写真:stock.adobe.com
(『中央公論』2025年12月号より抜粋)

増加の背景にある本国の事情

 2025年4月、日本学生支援機構(JASSO)が発表した24年度の「外国人留学生在籍状況調査」によると、同年5月1日現在の留学生総数は33万6708人で前年より20.6%多かった。国・地域別で最も多いのは中国で12万3485人と前年比6.9%増(2位はネパール、3位はベトナムの順だが、ネパールは中国の約半数の6万4816人)。留学生全体の36.7%が中国だ。

 中国人留学生は10年には約8万6000人だったが、15年には約9万4000人に増加。コロナ禍で一時減少したものの、23年に再び増加に転じ、25年には過去最多を記録しそうだ。法務省の在留外国人統計(25年6月末)を見ても、在日中国人は約90万1000人と全在留外国人(約395万7000人)の4分の1近くを占め過去最多。留学生を含め、彼らの存在感はかつてないほど高まっている。今年7月に行われた参議院議員選挙の際、「外国人問題」が争点の一つになるなど、その実態や動向が注目を集めている。

 いまなぜ、中国人留学生が増えているのか。彼らはどんな理由で日本を目指し、どのような留学生活を送っているのか。

 留学生が増加している背景には、まず中国側の事情がある。日本でも知られているように、中国の大学入試は極めて過酷だ。毎年6月に行われる「高考」(ガオカオ=大学入学統一試験)のために、中国人は幼い頃から勉強漬けの生活を送る。進学先はほぼ「高考」の成績で決まるが、試験問題は各省によって異なり、各大学の合格点も出身地によって違う。基本的に都市出身者に有利、地方出身者には不利な制度だ。

 たとえば、四川省出身者が中国で最難関と言われる北京大学を志望する場合、北京市出身者よりもかなり高い点数を取らなければ合格できない。逆に北京市、上海市などの出身者の場合、受験者数が少ない上に合格点は低く設定されている。人口が多く大学が少ない省(河南省、山東省、河北省、広東省など)の出身者が、省外にある名門大学に合格することは至難の業だ。大学受験に限ったことではないが、中国では、生まれ落ちた場所が人生を大きく左右する。

 こうした仕組みのもとでの受験勉強が辛すぎたり、受験に失敗したりして学歴ロンダリングしたい人の一部が、近年留学を目指すようになった。富裕層が増加し、子どもの教育に従来以上にお金をかけられるようになったこともある。今年の大学出願者数は約1335万人と昨年より7万人少ないが、現在では大学の定員数の増加により、選ばなければ約8割が大学に合格できる。しかし、中国に約3000校ある大学の中で、教育部(日本の文部科学省に相当)が選出した「双一流」と呼ばれる大学の数は約150校と少なく、そこを卒業しないと大手企業への就職は困難だ。大学生が増えすぎたこと、コロナ禍以降、経済が悪化し、大手企業が採用を絞っていることなどがその理由である。

 大学を卒業しても就職できない学生は大学院進学を目指すが、同様に考える学生が多く、大学院進学も狭き門となっている。むろん、大学院を修了しても、いい就職口があるとは限らない。そのため、中には高校3年時に「高考」を受験せず、海外留学という道を選ぶケースもある。また、大卒者が増えすぎ、職人が不足している現状から、政府は18年から「中考分流」(高校入学時点で成績が中間以下の学生を職業学校に進学させる制度)を実施しているが、それに納得できない人も海外を目指すようになった。


(『中央公論』12月号では、この後も、日本が選ばれている理由や、近年の傾向、留学生たちの日常などについて描出している。)

中央公論 2025年12月号
電子版
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中島 恵(ジャーナリスト)
〔なかじまけい〕
1967年山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、フリージャーナリストとして中国、香港、台湾、韓国などの社会事情、ビジネス事情の取材を続ける。『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』など著書多数。
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