「現代文のカリスマ」として第一線で活躍してきた出口汪さんと、『予備校盛衰史』でその歴史を記した小林哲夫さんが語る。
(『中央公論』2026年4月号より抜粋)
「通う」から「観る」への変化
――春を迎え、予備校の宣伝などが見られる季節となりました。お二人の目に、現在の予備校はどう映っていますか?
出口 私は1986年に代々木ゼミナールで国語講師になり、93年には東進ハイスクールに移籍しました。現場からは10年近く身を引いているのですが、私がいた当時からゼロ歳人口は減少する一方でした。受験生が減り、大学全入時代が来て、浪人生が少数派になっていくことは前提条件だったのです。ところが周囲からは危機感は感じられず、そこに違和感を抱いていたんですね。
今の私自身は、小学生から高校生までを対象にした塾を、オンラインで開講しています。講師からすると、大手予備校に所属しなくても講義ができる環境があるわけです。
学生数の減少だけでなく、受験生の選択も一般入試から推薦入試へとシフトしています。社会状況からいっても、技術面からいっても、従来の予備校という業態が変わるのは、当然のことだと受け止めています。
小林 オンライン予備校そのものは2010年代に登場しましたが、やはり20年のコロナ禍が、大きな転機となりました。予備校にも学校にも通えない状況が生まれ、自宅でオンライン受講する学生が一気に増加しました。予備校の形態が、「通う」からパソコンやスマホで「観る」ものに変わっていく流れは、もう逆転しようがないと思いますね。
出口 昨日もスターバックスでコーヒーを飲んでいて、ふと周りを見ると、予備校の講義のような動画をパソコンで観ている若者が7、8人はいました。本当に時代が変わりましたね。
小林 私が予備校生だった70年代末は、代ゼミには青木義巳さんや潮田五郎さん、駿台なら伊藤和夫さんといったスター講師がいらっしゃって、大教室でも学生が入り切らないほどの人気を誇っていました。予備校が「箱物」だった時代ですね。
また、予備校ごとの選抜試験に合格して、難関大学受験コースに入らないとそのような講義は受けられませんでした。出口先生のようなスター講師の講義が自宅やカフェで、しかも当時の感覚からすればきわめて安価で受講できるというのは、やはり隔世の感があります。