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2009年11月号【編集後記】

★一九二九年、浜口雄幸内閣の大蔵大臣に就任した井上準之助は、懸案であった金本位制への復帰を断行します。これは旧平価解禁と呼ばれる円高政策で、竹森俊平氏によると、大正バブルの清算という通説とは異なり、国際決済銀行理事国入りの条件となっていたことが最大の理由。国際金融秩序の主役入りを狙ったものでした。しかし、バブル後の長期低迷に折からの世界恐慌もあって結果は裏目、日本は大不況に転落、浜口は三〇年に狙撃され、井上も三二年に暗殺されます。

★さて今の日本、新政権の閣僚は円高肯定発言を繰り返しています。国際経済界では好評ですがリーマンショックからまだ一年。八〇年前と本当に違うといえるのでしょうか。★三一年に犬養毅内閣の大蔵大臣として事態の収拾にあたった高橋是清は、金輸出再禁止つまり円安政策、さらに国債日銀引き受けと積極財政によって世界で最も早く不況から抜け出します。しかし積極財政といっても使う対象がなければ始まりません。このときは満州事変でした。高橋は「いやだいやだ」と思いながら、ほかに手段がないので軍需拡大に突き進みます。のちに経済が立ち直り、インフレの兆候も現れてくると、引き締めに入り軍事予算削減を図りますが、その結果、三六年の二・二六事件で高橋は暗殺されます。右に行っても左に行っても隘路。政策に携わる人の発言は、このことを自覚したうえでのものであることを期待します。(間宮)