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2010年1月号【編集後記】

★「明治元年の五月、上野に大戦争が始まって、その前後は江戸市中の芝居も寄席も見世物も料理茶屋も皆休んでしまって、八百八町は真の闇、何が何やらわからないほどの混乱なれども、私はその戦争の日も塾の課業を罷めない。......日本国中いやしくも書を読んでいるところはただ慶應義塾ばかりという有様で、......。『この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するな』と申して、大勢の少年を励ましたことがあります」(『福翁自伝』)。

福沢諭吉らしい痩せ我慢ですが、近代日本の時代精神は、このような気分だったと思います。★似たようなエピソードはその後も日本中にあふれていました。一昔前、小林虎三郎の「米百俵」がブームになったことがありましたが、困窮し、その日に食うものまで事欠く状況でも目の前の米を教育という将来に使う、この話への共感は年を経ても人々の中に生きています。★「います」と現在形で書きましたが、最近の日本を見ると過去形に直した方がいいかもしれません。あまりにも長期に続く経済低迷と財政の破綻。科学技術立国のかけ声とは逆に、科学技術予算があっけなくとカットされそうです。前に進むことだけで生きてきた国にとって、先端技術開発の意味は説明するまでもありません。代わりにカネを渡すだけの手当に予算が回るそうです。痩せ我慢せず米百俵をためらいもなく食べてしまう国にどんな未来があるのでしょうか。(間宮)