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2010年3月号【編集後記】

★初代司法卿となった江藤新平は、急進的な近代化論者でしかも西欧型司法制度の原理主義的な推進者でした。ために自らも発足したばかりの明治政権の中にありながら、薩長出身の権力者の汚職・不正事件を執拗に摘発し続けます。が、まもなく征韓論政争に破れ下野に追い込まれ佐賀の乱で処刑されます。急転直下の破滅の理由は、融通の利かない性格や激しい政治的姿勢が大久保利通ら権力中枢の敵意を招いたためと、個人的な要因に帰着させる議論が専らです。

★でもどうでしょう。権力と司法当局の対立という構図は、今、私たちの目の前にある風景と全く同じ。そう考えると問題は江藤司法卿の性格ではなく、この国の政治風土に。権力は腐敗するのではなく私的流用されています。今回の政治資金スキャンダルだけでなく政権交代後のごたごたを見ると、権力をお持ちの方々は公も私も違法も適法も超越した世界観をお持ちであることがよくわかります。★これが日本社会に蔓延した文化であることは、誰もが実感するところ。自分たちの社会や組織が合目的ではなく、まま、私的な理由で運営されていることを知っています。そのことは頻繁に強い苛立ちを生みますが体質は変わらず、やがてあきらめと停滞が広がります。今回のスキャンダルは、かつての疑獄事件ほど世間の興奮を呼んでいないのでは。そこに日本国民の深いあきらめを感じます。これが没落国の気分なのでしょうか。(間宮)