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2013年4月号【編集後記】

★新幹線を新神戸で降り、東日本大震災の復興について伺うために、五百旗頭真先生を訪ねる。その道は途中から、一八年前に歩いた道と重なる。ひどい砂塵でマスク無しでは歩けなかったな。全員無事です ××公園にいます、との走り書きが倒壊した家に貼られていた――。

少し早めに着いたので、一九九七年一月に掲載した牧秀一氏「震災『よろず相談室』の二年間」に目を通す。そこに書かれた一文。「震災前の寂しい人々を見捨てた、金と物量だけの社会や街に戻すんやない。...震災から何かを学ばなあかんで」。★阪神・淡路大震災の経験は随所に生かされた。が、"阪神"では三人だった行方不明者が"東日本"では、いまだ二千数百人という重い現実。大川小学校の真相究明は進むのだろうか。(木佐貫)

★京橋界隈は再開発ラッシュである。銀座と日本橋と東京駅に囲まれて控えめな主張をしていた建物群に次々とシートがかかり、新しく生まれ変わっていく。
 あゝ、家が建つ家が建つ 僕の家ではないけれど
 空は曇ってはなぐもり  風のすこしく荒い日に
                  (中原中也「はるかぜ」)
 行きつけなどとは言えない、一方的に親しんでいた店が閉まっていく。寿司屋、焼肉屋、喫茶店......。なかでも寂しいのは鰻屋だ。新しいビルに入るのは三年半後だという。でも、何の変哲もない、あの小さな座敷はなくなってしまうのだ。(吉田)