2021年3月号【編集長から】
二〇年ほど前、米ボストン郊外のハーバード大学でエズラ・F・ヴォーゲル氏に話を聞いたことがあります。安全保障関係の取材の一環で、その日四人目の取材先が彼でした。十月のボストンは日本の真冬の寒さで、私はコートも持たずに訪米し、ワシントンから移動してきたばかり。震えながら部屋を訪ねた私を、ヴォーゲル氏はフレンドリーに迎えてくれました。思わず「こちらが四カ所目。ハードスケジュールです」と愚痴をこぼすと、ヴォーゲル氏は笑顔を浮かべたまま、「全然ハードじゃありませんよ。私が日本に行くときは、もっとアポを入れます」。自分の不甲斐なさに恥じ入るばかりでした。
ヴォーゲル氏のベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が発売されたのは一九七九年。日本がバブル景気の坂を駆け上がった八〇年代は、そのタイトルを違和感もなく受け入れられた時代でした。当時十代の私も、いつかは、テレビで見るようなきらびやかな生活や、豊かな消費ができると信じていました。
今年の新書大賞に選ばれたのは斎籐幸平さんの『人新世の「資本論」』。そこで説かれているのは、資本主義の限界であり、量から質への転換の必要性です。バブル期にその恩恵に与かれず、未だにどこかで豊かな消費を夢見ている身には、価値観の大転換を迫られる内容です。
編集長:吉山一輝