2022年3月号【編集長から】

 「親ガチャ」という言葉には、反発の声をよく耳にします。「努力不足を親のせいにするな」「親にはまず感謝せよ」。私もそうでした。経済成長が続いた昭和時代は、放っておいても親世代より豊かになれました。子供の頃を振り返り、貧しい中で育ててくれた親に自然に感謝もできました。今の社会、経済状況で若者たちに同じ感情を持てというのは酷なのかもしれません。この言葉が生まれた背景を大空幸星さんは「状況を突き放さざるを得ない苦しみ」があったと語ります。特集は「格差と出自の研究」です。

 数年前、帰宅途中の深夜12時ごろに、犬の散歩をする初老の男性とよくすれ違いました。最初は、男性も犬も立ち止まっているように見えました。近づくと、犬は見るからに雑種で、お世辞にもかわいいとは言えないヨボヨボの老犬。震える足を数センチずつ前に出しながら歩いていました。男性も犬の歩みに合わせて少しずつ。老いた愛犬との超スローな散歩のために、車も人もほとんど通らない住宅街の、その時間帯を選んでいたのでしょうか。犬の気持ちは分かりませんが「いい人に飼われて良かったな」と声をかけたくなったものです。いつが最後だったか、その散歩姿を見ることはなくなりましたが、今風に言えば「飼い主ガチャ」に当たった幸せな犬だったのでしょう。

編集長:吉山一輝