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将棋人生、最後の大勝負

決戦! 人間vs.コンピュータ
米長邦雄(日本将棋連盟会長)× 梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長)

米長 ええ、そうでしたね。引退棋士は強い現役棋士と比べて弱いんです。弱いから引退したわけですから当然です。でも女流棋士よりは強い、と私自身は思っている。そこで今回は引退棋士を出すことにしたわけです。

梅田 そして、引退棋士の中では、米長先生が最強であるということですね。

米長 今生きている引退棋士で、元名人は二人います。私と中原誠ですね。ただ中原さんは健康に不安がある。それで私が手をあげて、それが去る九月十五日に将棋連盟の理事会で承認されたということです。
 さらに言えば、今回私が指すということには、「人間VS.コンピュータ」という意味のほかに、一線を退いてからもう何年も経った六十八歳の人間が、もう一度どこまで真剣勝負を闘えるのかという視点も加わると思うんです。

梅田 そしてその「物語」に、スポンサーがついたと。

米長 そういうことです。おりしも二〇一二年は、名人位四〇〇年祭を行う年です。二〇一二年の一月から一年間、歴代の名人が何かするというイベントがあるんですね。死んでいる名人にもご協力いただいています。(笑)
 一月四日には、森内俊之と羽生善治の現役永世名人同士の特別対局があります。また、初代名人の大橋宗桂のお墓は京都にあるのですが、お墓参りツアーも企画されています。

梅田 なるほど。米長先生が指すことで、一月十四日のコンピュータ棋戦も、この名人位四〇〇年祭イベントに絡めることができるわけですね。

米長 ええ。そうです。ただね、いろいろと理屈をつけていますけど、私も将棋が好きなんですよ。今は引退して将棋連盟会長などという経営者のようなことをしていますが、やっぱり将棋指しなんです。さきほどの梅田先生の話ではありませんが、強いヤツがいると聞けば、実際に将棋を指してみたいんですね。
 本当は現役の時に今のコンピュータと指して「まだまだ一〇〇年早いよ」と言ってやりたかったのですが、それはもうできない。これから私は弱くなると思うんです。毎年弱くなる。それで今回が、トレーニングを積んでギリギリ勝てるかなという最後のチャンスというところで、不肖米長、将棋界を背負わせてもらったということです。

阪田三吉の墓参りをしたい

梅田 棋戦の背景はよく分かりました。それではここからは、将棋についていくつか質問させてください。
 実は先日、森下卓九段とお話をする機会があったのですが、そこで「今、一五七人のプロ棋士がいるわけですが、米長先生の強さはどのぐらいの順位だと思いますか」と率直に聞いたのです。彼の答えは三〇位から四〇位の間ではないかというものでした。

米長 非常に好意的な見方だと思いますね。(笑)

梅田 若手棋士はまた全然違う見方をするのかもしれませんが、森下九段は、最新の定跡を知らないために負けてしまうような場面を外して、例えば、矢倉の二十四手組、それも新二十四手組じゃなくて、飛車先を一個突いてある旧二十四手組指定局面から、中・終盤のねじり合いの力をランキングにすれば、だいたい三〇位から四〇位ぐらいだろうとおっしゃるんです。相撲で言えば、立ち合いで、お互いにまわしを取ってがっぷり四つになればということですね。

米長 確かに、昔の将棋であれば、私も相当に力が入るとは思います。ところが、今は、立ち合いで「蹴手繰り」と「突っ張り」が入るのが主流ですからね。まわしに手をかけてという将棋のほうがはるかに少ない。

梅田 それで対コンピュータ戦では、どのような戦法を用いる予定ですか。

米長 重要なのは私が指す最初の手と次の手ですね。そこで何を指すか。これは非常に難しいところです。そしてまだはっきりとしたことは言えません。ただ対局前に一度、阪田三吉の墓参りをしておかないといけないなとは考えています。

梅田 一度引退してから米長先生と同じ年の六十八歳で現役に復帰した阪田三吉ですね。

米長 ええ、そうです。その阪田三吉は復帰戦の初手で端歩を突きました。これが、あの有名な「阪田三吉、端歩を突いた」という歌の歌詞にもなった謎の一手です。
 阪田三吉の相手は、木村義雄と花田長太郎という当時の若手名人候補です。それで、「普通に指しても負けてしまうから、わざとそんな常識外れの手を指したのだろう」と言われてきました。ところが平成の時代になってから、阪田三吉の端歩突きがタイトル戦で出た。そして、阪田三吉の手が理にかなっていたことが分かったんですね。

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