モチベーションを支える集団
─いい学校や会社に入ることをモチベーションとすることについて、どう考えますか。
それができるのは、実はごく限られた人、あえて言えば、学歴エリートか自分がそうなる可能性が見込める出身階層の方ではないでしょうか。この疑問は、教育社会学者の苅谷剛彦氏の意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)の議論を参照しています。
心理学的な事実として、モチベーションは「近接因」に、つまり直接与えられる刺激に支えられなくてはなりません。例えば、いい学校や会社に入るといった目標が当然視される家族や集団では、行動にせよ思考にせよ、そこから外れることに対して、心理的圧力や明確なサンクション(制裁)が周囲から本人へ、繰り返し日常的に与えられます。これによって、本人の行動ないし思考は、目標から大きく外れることなく、長期に維持される可能性が高い。こうした日々与えられる刺激が、モチベーションを支える「近接因」です。モチベーションを支えているのは、遠くにある目標そのものではなく、そうした目標を是とする集団に属していること、そのため目標から逸れないようひっきりなしに刺激が与えられること、そうした周囲を「外部足場」として利用できることです。
もう一つ言うなら「目標があればモチベーションを保てる」と考えるのは、不必要に「強い自己」を理想化する「悪い意味」での自己啓発的な人間観であると思います。なぜ悪い意味かといえば、挫折した人に「ちゃんとした目標を持つことができなかった自分が悪いんだ」という自責の念を強要する危険があるからです。自己啓発に関する研究(例えば小池靖『セラピー文化の社会学――ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ』)が指摘するように、自己責任論は、こうした「強い自己」を理想化する人間観と親和的です。
私の人間観はこれとは違っていて、人間ってもっと弱いものだろうと思うんです。高い目標を掲げても気分が高揚するのはごく短期間のことであり、モチベーションは日々の些細な出来事に左右されます。人間には体温を維持する機能はあっても、意思を維持する機能はない。だからこそ、モチベーションをマネジメントする様々な技術が必要になります。
1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。著書に『問題解決大全 ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール』『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』などがある。