1991年、タックアウトに驚く大人
PARCO出版のマーケティング雑誌『月刊アクロス』による「定点観測」をごぞんじだろうか。
この企画は考現学の生みの親である今和次郎(こんわじろう)がおこなった「定点観測」のアイディアを受け継いだものだ。毎月、決まった曜日に決まった街に出て、とにかく写真を撮る。無差別に撮る。そこに写る若者たちの姿を定点観測し、時代性を考察する。
ここで大切なのは、被写体は写真を撮られていることを気にしていないこと。カメラを意識していないし、おしゃれを競い合うつもりもない。写っているのは街の無意識だ。
1991年6月1日。土曜日。この日の観測で編集部はTシャツの「スソ出し一般化」を流行現象としてカウントしている。そのとき誌面を飾った言葉を見てみよう。「今を感じさせるものがシャツのスソ出しというのは、ファッションのカジュアル化が来るところまで来た現象だと言える。カジュアルと言えば聞こえがいいけれど、スソ出しまでくると"カジュアルもただのダラシなさ"という気がしないでもない。究極のカジュアルファッションが登場した後、若者のファッションはどこへ行くのだろうか」。
街の無意識がTシャツの裾を出している。編集部の戸惑いの声。怒りさえ読み取れる。
「若者のファッションはどこへ行くのだろうか」と書いた編集部は、タックアウトが一時の流行で終わると思っていたのではないか。きっとそのはずで、まさか裾出しが「風俗」に変わるとは思っていなかった。
その証拠に『月刊アクロス』は1992年7月の定点観測でもTシャツの裾出しをその月の流行現象として選んでいる。つまり若者が2年連続で裾を出していることに動揺しているのだ。
マーケティング雑誌が驚いているとおり、裾出しファッションはメディアや企業が仕掛けた現象ではなかった。名もない若者たちが路上で勝手に始めた着こなしを、メディアがあとから追いかけたのだ。