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ドキュメンタリー映画の撮影現場で、監督がカメラマンに指示をほぼ出さない理由とは?師弟関係の2人が語り合う撮影のポイント

満若勇咲監督×辻智彦カメラマン 『「私のはなし 部落のはなし」の話』刊行記念トークセッション
構成=朝山実

背後から撮ったシーンの理由

満若 現場でほとんど指示はしなかったですよね。

 あ、でも、ここ後ろから撮って、と言われたことがあったよね。

満若 後半に出てくる、ママ友たちの対話のところですね。最初、正面から撮ろうと準備していたんですけど、話の内容は(当事者でない)彼女たちが直接体験した差別ではなくて、ひとから聞いた差別的な話や差別意識、部落に住む当事者との関わりだったんですね。彼女たちが部落問題に関しては「他者」であるということを考えると、果たして正面から撮るということが適切な表現方法なのだろうか。彼女たちの「対話」の空気感をより的確に掴んでほしいという狙いから、ここは背後から撮ってもらえませんかとお願いしたと記憶しています。

部落の周辺地域に住むママ友の対話シーン。彼女たちの背後から撮影することで、対話の空気感を強調した。(c)『私のはなし 部落のはなし』製作委員会

 そう。あのときはそれまでと同じように前から撮ろうとカメラをセッティングしたら、満若くんが「ううーん」と言い出して「辻さん、これ前から撮るとおかしいと思うんですよね」。弟子なんですが、いつもストレートな物言いをする男なので、「後から撮ってくれませんか」と言われた。まあ、そうやりとりからカメラマンは監督の狙いを理解していくんですよね。なるほど、と思えば手間だけどセッティングを変えて撮る。あそこはそうやって成功したところだと思っています。

満若 ぼくもいつも辻さんがどのように考えて撮っているのか、100パーセント理解しているわけでもない。逆にカメラマンが監督の意図を100パーセント理解して撮っていても困るんですよね。ズレがあるからこそ自分の想像をこえた映像が出来上がってくるものですから。

そもそも、ぼくはカメラマンも「出演者の一人」という意識をもっていて。監督の仕事は「場」をセッティングし、取材対象者とカメラマンをそこに放り込んで、どういった化学反応が起きるのかを眺めている。というのが監督としてのぼくの位置で、とくに今回の映画はそういう感覚がつよく働いていたと思っています。

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