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角川歴彦 「追悼 月の人──森村誠一」

角川歴彦

なじみの店の陰膳

 弔問に訪れたときの話には、続きがある。

 奥様は、最初元気がなく、長居はできないな、と思っていたのだが、我々が思い出話をするうちに次第に生気を取り戻され、気づくと1時間以上がたっていた。帰り際には玄関から急坂を下りて私たちのことを見送ってくださった。

 弔問に来てよかったと同行の編集者と話しているうちに、森村さんの行きつけだったレストランで故人を偲ぼうということになった。

 予約もせず店に入ると、若者のカップルだったろうか、先客が2組ほどいた。ふと森村さんがいつも座っていた席に目をやった私は、そこでハッとした。レストランのご主人が陰膳をしてくださっていたのである。お酒、そして大好きだった苦みの強いコーヒー。

 感動した。

 店のご主人にお礼を言い、森村さんが好きだったカツの定食をいただいた。森村さんはこの店で本を読むことが多かったので、自分用の電気スタンドが置いてあり、店内には雑誌に連載したときの挿絵など、好きな絵が掛けられていた。もう一つの書斎のような空間で、私は森村さんの気配を感じて悲しくなった。

 森村さんへ最期に一句。


おくのほそ道月に召されてひとり旅

(『中央公論』2023年10月号より抜粋)


構成:西所正道

老いる意味 うつ、勇気、夢

森村誠一 著

老後は勇気をなくして乗り切れない。今までの人生の経験を凝縮して明日に立ち向かう。老後は良いことばかりではない、思わぬ病気もする。老人性鬱病を告白し克服した作家の壮絶な闘い。老後の生き方の意味を提言する森村誠一渾身の話題作。

老いの正体 認知症と友だち

森村誠一 著

人間老いれば病気もするし苦悩する。人生100歳時代。 明るく夢を追い生きるためのコツとは何でしょうか? 90歳認知症の森村誠一さんが実践する人生の極意。 老いる意味の答えがわかる高齢化社会の人生読本。

中央公論 2023年10月号
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角川歴彦
〔かどかわつぐひこ〕
1943年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、66年角川書店入社。情報誌やライトノベルなど新規事業を立ち上げ、メディアミックスを推進。角川書店社長、角川グループホールディングス会長、KADOKAWA会長などを歴任。現在、角川文化振興財団名誉会長。著書に『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア』など。

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