音象徴性は確かにある?
秋田 オノマトペも、幼児が最初に習得するので幼稚に映るのか、言語の本質ではないと思われがちです。オノマトペの発達していない英語やフランス語圏ではその傾向がとくに顕著です。音で概念を真似るという行為があまりに原始的なので、それに対抗する感覚として、「言語は恣意的だ」という刷り込みが強化されたのではないでしょうか。
今井 英語のオノマトペはほとんどが効果音です。ただ、実は英語の多くの動詞や名詞にオノマトペ性、つまり音と意味のつながりが組み込まれているんです。中国語は声調を含め、音自体が非常にオノマトペ的ですし、形態は違えど、音象徴性はどの言語にもある現象ではないかと思います。
秋田 例えば「スケルトン」。すごく「骨格!」って感じがしませんか? あるいは「アメーバ」はすごくアメーバっぽいですよね。
千葉 ああ......確かにそうですね。そう言われると、なぜか身構えてしまいますが。(笑)
秋田 あるいは「スパイラル(螺旋)」。この単語を知らない人に「ジグザグと螺旋、どちらの形がスパイラルでしょうか」と聞くと、ほぼ当たる。ただこういう話をすると、皆さん笑うんですよね。
千葉 外国語学習の際に、そうした直観を使っていることは確かですけどね。
秋田 日本語でも、「屈強な男」と言われるとすごく強そうな感じがするし、「軟(なん)」という音はやわらかい感じがする。音象徴性は確かにあります。
千葉 本書にも出てきたタケテ/マルマ効果ですね。尖った図形と丸みのある図形を見せ、「タケテ」と「マルマ」のどちらかの名前をつけてと指示したところ、大多数の人が尖った図形に「タケテ」とつけ、丸みのある図形に「マルマ」とつけたという実験結果が出た。1929年の論文ということですが、今も反証はされていないのですか?
秋田 言語によって割合が違うことはありますが、逆の対応関係を報告した研究はありません。
今井 一定の年齢以上では実証されているタケテ/マルマ効果が、言語を知らない赤ちゃんにも当てはまるのかどうか。それを確かめるため、以下の実験をしました。
音と形が合致した組み合わせと合致しない組み合わせを示し、それぞれの赤ちゃんの脳波を調べたところ、反応がはっきり分かれました。面白かったのは、丸い図形に尖った音を乗せたとき、赤ちゃんの脳が情報の統合に苦労していたことです。「言葉がわかる」には、聴覚と視覚の認知が統合されなければなりませんが、両者を統合するための情報処理にかなりの負荷がかかっていたのです。
千葉 音と形が合致しているときは、脳が疲れずスムーズに反応するんですね。
今井 そう。逆に合致しない組み合わせでは、学ぶのにも時間がかかりました。
(続きは『中央公論』2023年12月号で)
構成:高松夕佳
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。慶應義塾大学助教授などを経て、2006年より現職。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『学びとは何か』『英語独習法』、共著に『言語の本質』など。
◆秋田喜美〔あきたきみ〕
1982年愛知県生まれ。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、現職。専門は認知・心理言語学。著書に『オノマトペの認知科学』、共著に『言語類型論』『フレーム意味論の貢献』『言語の本質』など。
◆千葉雅也〔ちばまさや〕
1978年栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は哲学・表象文化論。著書に『動きすぎてはいけない』(紀伊國屋じんぶん大賞、表象文化論学会賞)、『勉強の哲学』『現代思想入門』(新書大賞2023)、『エレクトリック』など。