腹をくくって言いたいことを言う
五十嵐 3誌にはそれぞれ論調に特色があります。『中央公論』は「中央」と付いているように、極論を排し、幅広い主張を取り上げたいと考えています。1999年に中央公論社は読売新聞グループに入りましたが、『中央公論』の論調が『読売新聞』の社論と同じでは雑誌として成り立たず、枠をはめることはありません。
ただし、中庸と凡庸は紙一重です。『世界』と『正論』の中間では読者にお金を払ってもらえない。まっとうだがエッジも立っている。そんな立ち位置を探っています。
田北 『正論』も新聞社の雑誌ですが、『産経新聞』には全く左右されていません。私自身は極めて産経的な人間だと思っていますが、『産経新聞』の論調には疑問を持つことも多々あります。
例えば、昨年10月、岸田政権が旧統一教会への解散命令請求の手続きを始めましたが、私たちは12月号(特集「解散命令請求への疑義」)で、これは憲法違反の恐れがあると疑義を呈しました。私たちは改憲派ですが、憲法が変わっても、内心の自由や信教の自由は保障されるべきものです。それなのに、安倍元総理の暗殺で政権が見解を一日で変え、旧統一教会を解散命令請求の対象にするのはありえないでしょう。旧統一教会は全く擁護しませんが、手続きとしてこの解散命令請求はおかしい。
かなり逡巡しましたが、誰も言わなくても正しいと思ったことを言うのが本来の『正論』路線だ、という確信があったから特集しました。
私たちは掲載する論考や特集によっては社会から叩かれることがあります。『世界』は「安倍政治の決算」(2023年8月号)で批判もあったようですね。
堀 あの号は表紙に安倍元首相の国葬の際の写真を使いました。『世界』で権力者のポートレイトを比較的大きく掲載するのはおそらく初めてで、直接的すぎるのでは、と編集部内からも懸念の声が出ました。それは理解できましたが、銃撃事件から1年を機に私たちなりに検証するなら、この写真なしでは成り立たないと判断しました。私はすごく気が小さいので──。
田北 こう見えて、私も気が小さいのよ。(笑)
堀 (笑)。あらゆるネガティブな反応を想像して「これでいいのか」と考えましたが、正解はないから腹をくくるしかない。そういうことはいっぱいあります。
五十嵐 私たちも安倍元総理が亡くなって1年を前にしたタイミングで特集を組みました(「安倍晋三のいない保守」23年7月号)。2月に当社から生前のインタビューをまとめた『安倍晋三回顧録』が出版されていました。本人が生きていたら、おそらく割愛されたであろう生々しい内容もそのまま掲載されている異例の本です。
『回顧録』が本人による安倍史観として価値があることは言うまでもありませんが、一方で、言いっぱなしはよくないとも思いました。あの本で書かれた「事実」について、反論や別の見方を示さなくてもいいのか。そこで、『回顧録』で名指しされた小池百合子、石破茂、谷垣禎一、塩崎恭久の各氏という、安倍さんとの距離も政治的な立ち位置もばらばらな人たちにインタビューしました。
「安倍政治とは何だったのか」という議論は今後も長く続くでしょう。安倍氏と接点のなかった人たちの解説はいつでも紹介できますが、政治家であろうがなかろうが、「今しか聞けない」ことをやるのは、時代を切り取る雑誌の使命だと信じてやりました。期待したほどには売れませんでしたが。(笑)
堀 とても面白く読みました。
※座談会後半は『世界』『正論』のリニューアルについて掘り下げています。続きは『中央公論』2024年4月号誌面をご覧ください。
構成:戸矢晃一
1985年大阪府生まれ。一橋大学卒業。2009年岩波書店入社。17年まで『世界』編集部。単行本編集部を経て、22年10月より現職。
◆田北真樹子〔たきたまきこ〕
1970年大分県生まれ。米シアトル大学卒業。96年産経新聞社に入社。政治部、ニューデリー支局長などを経て、2019年5月より現職。
◆五十嵐 文〔いがらしあや〕
1967年東京都生まれ。上智大学卒業。90年読売新聞社に入社。政治部、ワシントン支局、中国総局長などを経て、2022年6月より現職。