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水野太貴「方言はこう生まれる――言語地理学者・大西拓一郎さんに聞く」

水野太貴(「ゆる言語学ラジオ」チャンネル)×大西拓一郎(国立国語研究所教授)

 「東西対立」を生んだ境界

 また、変化の波が地理的な要因によって阻まれ、結果的に地域差が生まれることもある。その代表例が、方言学で「東西対立」と呼ばれる現象だ。これは「日本語方言において、方言分布の範囲が東日本と西日本に分割される状態」のことで、否定辞の「ない/ん」などがわかりやすい。「行かない」の東日本に対し、西日本では「行かん」のようになる。他にも「買った/買(こ)うた」「いる/おる」などがある。

 その境界は新潟県糸魚川(いといがわ)と静岡県浜名湖を結ぶ辺りで、これは地質学でいうところの「糸魚川静岡構造線」と一致する。ではなぜ、ここに境界ができるのだろう? それは単純に、人の往来が難しかったからだ。

 北には断崖絶壁が約10㎞も続き、天下の険(けん)(日本で最もけわしい場所)と呼ばれた親不知(おやしらず)がある。続いて内陸には日本アルプスが、さらに南に下ると由比宿(ゆいしゅく)、安倍川、浜名湖が続く。いずれも交通の難所として知られる場所だ。人の交流がなければ、ことばの融合や摩擦も起きない。したがって難所を境にして、ことばは東と西に大きく二分されるのだ。

 まとめると、ことばの変化を受け入れたエリアと拒否したエリア、またことばの接触の濃厚なエリアと希薄なエリア、それぞれの違いが方言と呼ばれる。言い換えるなら、方言とは「言語変化のケーススタディの宝庫」なのだ。


(『中央公論』5月号では、この後もことばの変化の傾向、その一例として富山県の「桑の実」の呼び方、ら抜き言葉について詳しく論じている。)


[参考文献]
大西拓一郎『現代方言の世界』朝倉書店、2008年
大西拓一郎『ことばの地理学』大修館書店、2016年
大西拓一郎『方言はなぜ存在するのか』大修館書店、2023年
佐藤亮一編『全国方言辞典』三省堂、2009年
木部暢子編『明解方言学辞典』三省堂、2019年
木部暢子、竹田晃子ほか編著『方言学入門』三省堂、2013年
堀田隆一『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』研究社、2016年

中央公論 2025年5月号
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水野太貴(「ゆる言語学ラジオ」チャンネル)×大西拓一郎(国立国語研究所教授)
◆水野太貴〔みずのだいき〕
1995年愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒業。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、Podcastチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。著書に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』などがある。

◆大西拓一郎〔おおにしたくいちろう〕
1963年大阪府生まれ。東北大学大学院文学研究科修了。専門は方言学・言語地理学。著書に『ことばの地理学』『方言はなぜ存在するのか』などがある。
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