中国国家統計局によると、二〇一〇年の中国の名目GDPは、前年比一六・七%増の三九兆七九八三億元となった。日本が一九六八年以来、四二年間守り続けた「世界二位の経済大国」の地位を明け渡すことが、ほぼ確定的となった。
このニュースは日本の多くのメディアで報道され、「大変ショッキングなもの」として受けとめた日本人も少なくないだろう。
それでなくてもここ数年、高額消費を行う中国人来日観光客がニュースを賑わせてきた。日本政府観光局の発表によると、二〇一〇年の外国人旅行者が前年比二六・八%増の八六一万一五〇〇人。「二〇一〇年までに外国人旅行者一〇〇〇万人達成」という政府目標を叶えることはできなかったものの、過去最高だった〇八年の八三五万人を超え、最高記録を更新した。
もちろん、これには二〇一〇年七月に中国人向けの個人観光ビザの発給要件を緩和したことが大きな影響を与えている。九月に尖閣諸島問題が勃発して以降、日本向けツアーの中止などが相次いだが、二月三日の春節(旧正月)前後の長期休暇で回復する兆しが見えてきた(「YOMIURI ONLINE」一月二十三日付による)。
こうして二〇一〇年の中国人観光客数の累計数字を見てみると、前年比四〇・五%増の一四一万三一〇〇人となり、国別で首位の韓国人(二四四万人)に次ぐ数値となっている。また、レナウンやラオックスといった日本企業や、IBMのPC部門やボルボなどの欧米企業が中国企業に買収されたり、中国人が日本の土地や山林を買う事例が増えるにつれて、日本国内では、中国の経済力に脅威を感じる人も出てきている。
「世界第二位」にも冷めている
ところが、こうした日本におけるイケイケドンドンの状況にある中国像に反し、日中を行き来しながら、両国の若者を対象にマーケティング活動を行っている私の実感としては、このGDPのニュースは中国国内で意外と冷静に捉えられている。
特に、中国に進出する世界中の企業から、マーケティングターゲットとして脚光を浴びている80后世代(一九七八年の改革開放以後に起きた中国の経済発展とともに生まれ育った一九八〇年代生まれの若者)の意識に、それは顕著に表れている。
80后がこのニュースに盛り上がらない一つ目の理由として考えられるのは、彼ら自身の置かれている経済状況だろう。最近、超人気トレンディ作家・韓寒の小説を抜いて中国のアマゾンランキングでトップに躍り出たベストセラー『郎咸平説:我們的日子為什麼這麼難』(郎咸平は語る:我々の生活はなぜこれほどまでに難しいのか)に、80后の厳しい経済状況が詳しく分析されている。
これは郎咸平という香港中文大学経済学教授の著書である。中国の物価がここ数年で急上昇しているにもかかわらず、中国国民、特に80后を中心とする若年層の収入がそれに比例して上がっていないことが分かりやすい言葉で書かれている。彼は、中国のGDPに占める給与所得の割合は過去最低を記録し、わずか八%しかなく、全世界の最低水準だという。ちなみにアメリカは五五%、アフリカですら二〇%だそうだ。また、中国の全国労働組合である中華全国総工会(All-China Federation of Trade Unions)も、中国の被雇用者の四分の一近くは過去五年間に昇給されたことがないと発表した。つまり、GDP世界第二位に沸くどころか、この中国のGDPに占める国民、特に若年層の給与所得の割合がどんどん下がっている現状(他にも食品の安全性や、医療や教育改革の難しさの状況)を描いた本が、多くの中国人の共感を呼んでいるのである。まさに「国富貧民」というキーワードに象徴される事態が到来しているのだ。
中国全土で行っている私の80后に対するインタビュー調査でも、似たような傾向が見られる。数年前には多くの80后の口から(高校生であったり、女性であったとしても)、「社長になりたい」「お金持ちになりたい」「バリバリ稼ぎたい」といった力強い台詞が聞かれたものだ。しかし最近では、「僕の給料は現在月五〇〇〇元。中国の経済発展とともにおそらく一万二〇〇〇元までは、このまま何もしないでも徐々に上がっていくと思うが、何か特別なスキルや資格を持たない限り、中国の経済がこのままの勢いで発展していったとしても、それ以上は絶対に伸びないと思う」(上海の二十六歳男性)という、私がインタビューしたある80后の台詞が象徴しているように、自分の給料の「上限」がなんとなく見えるようになってしまったといった発言が多く聞かれるようになっている。