「四・二・一構造」と住宅ローン
80后世代が、中国の成長報道に冷めている二つ目の理由は、「四・二・一構造」と言われる、一人っ子世代である彼らの置かれた特殊な状況が挙げられる。
「四・二・一構造」とは、一人っ子である80后同士の夫婦(二人)が、お互いの両親(四人)と、これまた一人っ子である自分たちの子供(一人)の両方の面倒をみなくてはならないというプレッシャーを背負わされていることを意味している。
実は、一人っ子同士の夫婦に限り、子供を二人産んでもよいことになっている。しかし、子供の習い事やいい学校に子供を入学させるための教育投資が過剰になっていて、子供にかける出費が増え過ぎているので、多くの80后は子供を二人は産まないだろうという考えが一般的な見方だ。
また、中国では、家と車を持っていない男性は結婚相手が見つかりにくい(中国人女性にとって、家と車を持てる経済力のある男性というのが、大きな結婚条件の一つとなっている)。
そうした状況下であるものの、中国では不動産価格が生活者の平均年収の一五倍前後に達すると言われている。北京や上海などの大都市部では、およそ二〇倍に達するそうだ。「房奴」という言葉もメディアで盛んに取り上げられているが、これも住宅ローン地獄に苦しむ人々のことを表す言葉だ。
二〇〇九年、このローン地獄を描いた「房子」(日本語では「家」)というテレビドラマがヒットした。このドラマは六〇年代生まれの60后、七〇年代生まれの70后、80后の各主人公たちがそれぞれ家を買い、ローン地獄に苦しむ姿を描いている。
また、そのドラマに引き続き、同年、「蝸居」というドラマも空前の大ヒットになった。日本語に訳すと「カタツムリの家」で、カタツムリの殻のような狭小住宅を意味している。このドラマでは、主人公の郭海萍と夫の蘇淳と彼らの子供が、わずか十数平方メートルという小さな部屋、しかもトイレと台所が近隣と共有スペースという中、苦しい生活を送っている姿を描いている。
同時に、このドラマにはもう一つの意味がある。それは、「君たちは若いのだから、一足飛びに高級マンションに住む夢を持つのではなく、カタツムリのように一歩一歩歩んで行こう」という監督のメッセージに込められている。
なお、余談になるが、このドラマでそれ以上に80后の視聴者の間で議論を巻き起こしたのは、主人公の妹の海藻(二十五歳)だった。彼女には同世代の彼氏がいて同棲していたが、中年で妻子もあるけれどもお金も権力も持つ高級官僚の愛人になり、共働きが一般的である中国社会に反し、専業主婦になることを夢見る。海藻の選択には多くの80后女性から、「共感する」「お金も経験値もある男性に惹かれるのは仕方ない」という彼女を支持する意見がたくさん寄せられているそうだ。
話を戻そう。
80后の苦しみの原因は、価格が年収の一五倍もして、さらに急騰している家。そして、給料の何倍もする価格の車のローンだけではない(これだけの問題であれば、上の世代でも同様の悩みを抱えている人が多い)。
80后世代に特有なものとしてさらに彼らに覆い被さっている悩みの種は、中国では年金制度がまだ整備されておらず、養老院の数も大幅に不足しているため、徐々に年老いてきて、学歴も所得水準も低い世代である自分たち夫婦の両親を、金銭的にも肉体的にも面倒みなければならないこと。そして、前述したように、一人っ子である自分の子供に過剰な教育投資も行わなければいけないという点が挙げられる。
「俺の親父は李剛だ」事件と就職氷河期
さらに三つ目の原因としては、階層が固定化されつつある中国の状況が影響している。
階層の固定化は、東大生の親の平均所得が他の大学のそれに比べて圧倒的に高いことなどが象徴的だが、昨今の日本でもよく指摘されているところではある。
ところが、超格差大国である中国のそれは、日本とは比べものにならないスケールで起こっている。「俺の親父は李剛だ」事件が、顕著にこの状況を表している。「俺の親父は李剛だ」事件とは、河北大学の構内で二人の女子大生が車に轢かれた時に(しかも一人は死亡した)、加害者である運転者の男性が、「文句があるなら訴えてみろ。俺の親父は李剛(河北省保定市にある公安分局の副局長)だぞ」と言い放って車で去った出来事であり、これがインターネット世代である80后の間に大々的に広まった。
ネット掲示板はバッシングの書き込みで溢れ、「俺の親父は李剛だ」という歌や詩や映像やゲームや広告のキャッチコピー(たとえば、ある牛乳会社のキャッチコピーとして、「この牛乳は珍しい。李剛と呼べる父も珍しい」。アディダスのキャッチコピー Impossible is nothing をもじり、「俺の親父は李剛だ、Impossible is nothing」など)が作られた。また「俺の親父は李剛だ」で作文を作ろうというコンテストもネット上で立ち上がり、三六万通以上の文章が投稿されるなど、大バッシングの起こった中国では誰もが知る有名な事件である。なお、この騒ぎを受けて、李親子が中国中央テレビ(CCTV)で被害者家族に涙の謝罪をしたが、これも「アカデミー賞級の芝居だ」とさらにバッシングを増長する結果となった。