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草食化する中国の若者たち

原田曜平(博報堂若者生活研究室アナリスト)

 この事件の背景には、中国で今、「官二代(役人の二代目)」「富二代(富裕層の二代目)」「星二代(有名人の二代目)」などといった「?二代」という言葉が盛んに使われるようになっていることが象徴しているように、階層の固定化による失望感が漂っていることがある。

 特に80后は、景気が良い中国社会とは裏腹に、実は就職氷河期世代である。日本の世代論で言うところのロストジェネレーション(80后世代は上の世代に比べ、大学に行く人が急激に増え過ぎたため、受け入れ先である企業の採用人数がそれに追いついていない。また、転職が盛んなお国柄であるため、企業のほうも新卒者よりも経験値の高い中途採用者を好む傾向が強い。これらの状況から、大学生の五人に一人が就職できない状況下にある)であるため、この「?二代」の状況は、彼らにとってより深刻である。

 さらに言うと、中国のインターネットユーザーはとうとう四億五〇〇〇万人を超えたわけだが(「中国インターネット情報センター」調べ)、その多くは80后とその下の九〇年代生まれの90后である。もちろん、大都市部では上の世代でもネットを使える人は多い。しかし中国全土で見れば、70后世代を含めた上の世代は、まだまだインターネットを使えない人が多い。

 ネット世代である80后は、彼らのオープンな国民性もあり、自分の給料をネット上で公表する人も多いので、同じような仕事をしているにもかかわらず、人よりも自分の給料が低いこと、なかなか伸びていない状況にあることを知ってしまう機会が多い。つまり自分の置かれている経済状況が相対的に把握できてしまう環境にある。

 二〇一〇年にはホンダの中国工場で、賃上げをめぐるストライキで操業を停止し(中国人従業員たちは、同じ工場で働く日本人の賃金は五〇倍だと訴えた)、ホンダが二四%の賃上げを提案したことで稼働を再開したこともあった。また、台湾系大手電子機器メーカー・富士康科技集団(フォックスコン)の中国工場で自殺者が相次ぎ、同社が生産ライン従業員の賃金を三割引き上げることになったのも、こうした状況が影響していると言われている。

合言葉は「節約してる?」

 以上のようないくつかの理由から、改革開放の申し子として、そして一人っ子が多く幼い頃から両親や祖父母に、それまでの世代とは比べものにならないほど格段にお金をかけられ、消費生活を謳歌してきた初の中国人である80后の意識と行動に、特に金融危機以降はさらに加速度的に、大きな変化が訪れているのだ。

 分かりやすく言えば、中国の経済発展の速度から簡単には見えにくくなってはいるが確かに振りかかってくるこうした数々の息苦しいプレッシャーの下、「社長になりたい!」などといったこれまでの上昇志向・拝金主義を脱ぎ捨て、不安定な状況を乗り越えるべく、現実的な処世術を身につけ始めている80后が増えているのだ。こうした80后の処世術を、いくつか紹介したい。

処世術1:意図的に麻痺して生きる

 今、中国では「橡皮人」という言葉が大変注目を浴びている。これは、日本語で「ゴム人間」と訳すことができるが、無神経・無痛・無反応で生き、批判も賛美も受け入れないゴムのような人間という意味だ。回答者の約半数が80后という『中国青年報』の調査では、周りにゴム人間がいると回答した中国人は九一%にものぼった。

 さらにゴム人間が出現した理由として、?現実を変えられない(七七%)?昇進の見込みがない(七三%)?仕事への興味がなくなった(七〇%)という調査結果を発表した。現実を直視すると、いろいろと思い悩んでしまうので、そうなるくらいならいっそのこと自分の感情を麻痺させて自分が傷つかないようにしてしまおうという、ある種の防衛本能と言えるかもしれない。

処世術2:団結して生きる 

 前述したように、80后は「ロスジェネ」世代である。家賃の高い都市部では、家を買うどころか一人で家賃さえ払えず、まともに就職できなかった(あるいは収入の低い)80后たちが集団で、大都市郊外の村落に広めの一軒家を借りてシェアをするといった現象が起こっている。

 こうした80后は、中国メディアから「蟻族」と呼ばれている(対外経済貿易大学副教授の廉思とその研究グループが二〇〇九年に刊行した『蟻族─大学畢業生聚居村実録』で使用したのがはじまりだ。邦訳は勉誠出版刊『蟻族』)。「蟻族」とは、まるで蟻たちが狭い巣に皆で住んでいるようだ、ということを意味している。経済的苦境に追い込まれていると言われる日本の若者たちが、実家や地元から出ない傾向にあるのに対し、超格差大国の中国では、低収入とは言っても、農村にい続けるより数倍の賃金を貰えることもあり、こうした動きが生じている。

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