渡辺 靖×横田増生 トランプは再臨するのか―― ウクライナ侵攻で揺れる アメリカ社会
トランプはプーチンを止められた?
渡辺 左右を問わず内向きになっているアメリカ国民ではありますが、それでも世論調査では約8割が「ウクライナへの支援を強化すべき」と答えています。しかし派兵については約7割が反対していて、バイデンとしても非常に難しい対応を迫られるなか、軍事支援や経済制裁などのハードパワーと、インテリジェンスが得た情報を国際社会に公開し、同盟国中心の連帯を促すなどのソフトパワーの、両面からできることをやってきたのだろうと思います。
それでもバイデンの支持率は4割程度で、ウクライナ対応は支持を広げる契機にはなっていません。もちろんアメリカが攻撃されているわけではないので、大統領の下に国民が結集することは元々困難ですが、近年の分断状況の深化で、どんなにバイデンが健闘しても反対する人は反対、という構図が固定されています。
3月中旬にアメリカに行った時に、CNNからFOXまでザッピングしつつ報道を見ていたのですが、「トランプが現職大統領だったらウクライナ侵攻は起こらなかった」という論調が目につきました。ハーバード大学と世論調査会社ハリス・ポールの共同調査では、民主党支持者で38%、共和党支持者では85%までが「トランプだったら起こらなかった」と答えています。
横田 トランプ自身もそう発言していますね。しかしトランプが高度な外交戦略を行ったことなどありませんから、非常に疑わしい気はします。
渡辺 大統領時代のトランプは、ロシアとプーチンには常に甘めの対応をしていました。ロシアのG7復帰も主張しましたし、ゼレンスキー大統領との電話会談では、ウクライナのガス会社の取締役だったバイデンの息子の利益相反について捜査すれば軍事支援してやると脅かしもしました。
その反面で、ロシアの外交官を追放したこともありましたし、ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設を許容せず、自国のエネルギー開発を進めロシアへの依存度を下げようとしたこともありました。シリア内戦でも、IS(イスラム国)への空爆にとどめたオバマ政権と一線を画すように、民間人に化学兵器を使用したアサド政権に対する報復として、巡航ミサイル「トマホーク」を50発以上も発射しています。そういう意味では強くブレない指導者ではあり、プーチンからするとバイデンよりトランプの方が嫌だったのではないか、というのが「トランプだったら起こらなかった」派の感覚なのでしょう。
ウクライナ危機では中露関係の緊密さも目立ちますが、トランプだったら「もし中国がロシアを擁護するならアメリカは『一つの中国』原則を放棄する」と強く言い放ったかもしれないとの見方もあります。確かに彼なら本当に言いかねない。(笑)
横田 18年にトランプとプーチンが会談し、直後の共同記者会見で「16年の大統領選挙にロシアからの介入はあったのか」と問われたトランプは、「プーチン大統領がロシアではないと言っている」とはぐらかしました。また今回も当初は「プーチンは天才だ」「抜け目のない男だ」などと褒めそやしていましたし、トランプがプーチンに強硬姿勢を見せられたとは、あまり思えません。
それに、彼の外交は常にアメリカ対ロシア、アメリカ対北朝鮮というように、1対1の関係でしか行われておらず、NATO(北大西洋条約機構)などとの多国間協調でロシアに圧力をかけることができたとも考えにくいです。実際、彼のプーチン賛美はロシアのテレビでも大きく取り上げられて、トランプこそがロシアのパートナーであるとさえ言われていたようです。
渡辺 それはご指摘の通りで、バイデンはヨーロッパとの多国間関係を重視していますが、トランプがそのような思考で行動したことはあまりありません。バイデンは上院議員時代から副大統領時代を通じて、時代的な背景もありますが、基本的にはアトランティシスト(大西洋主義者:アメリカ・カナダ・西欧諸国の協調政策を重視する人)だと思います。
ヨーロッパとの関係を重要視し、適切な距離を探ってきたバイデンだからこそ、NATO諸国の結束を呼びかけられたのでしょう。トランプ政権はヨーロッパとの関係をかなり毀損していましたから、ここまでの国際協調を演出するなどとてもできなかったはずです。
ただ、昨年12月にプーチンとオンライン首脳会談を行った直後に、ウクライナで有事があってもアメリカは派兵しないとバイデンは明言していて、そこはもう少し曖昧にしてもよかったのではないかと思います。バイデンがアフガニスタン撤退の期限を示してタリバンに隙を与えてしまったのと同じで、プーチンの野心を助長してしまった可能性はあります。戦略の幅を残すということを、バイデンはあまりしないですね。
(構成:柳瀬徹)
1967年北海道生まれ。ハーバード大学Ph.D.(社会人類学)。ケンブリッジ大学フェロー、パリ政治学院客員教授などを歴任。専門は現代米国論、パブリック・ディプロマシー論。『アフター・アメリカ』(サントリー学芸賞)、『リバタリアニズム』『白人ナショナリズム』など著書多数。
◆横田増生〔よこたますお〕
1965年福岡県生まれ。アイオワ大学ジャーナリズムスクール修士課程修了。93年に帰国後、物流業界紙の記者、編集長を務める。99年よりフリーランス。『潜入ルポ amazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞を受賞。著書に『仁義なき宅配』『ユニクロ潜入一年』など。