米国に対抗しつづけた歴史
「カナダが米国の51番目の州になれば関税問題は解決する」とのトランプの発言が報じられた当初は、挑発的なジョークとも捉えられた。しかし、トランプはその後も累次にわたり、SNSや記者会見等でトルドーを「カナダ州知事」と呼び、51番目の州になれば税金が大幅に減り、ビジネスが成長し、貿易問題が改善し、安全保障が強化されると言いつづけている。カナダ併合には軍事力ではなく経済的手段を用いるとも発言した。
大統領就任演説では、具体的な地域への言及はないが、第2期政権中に米国の領土拡大を目指すとも表明した。オンラインで参加したダボス世界経済フォーラム年次総会では、米国はカナダの石油や自動車を必要としないとも発言。また、米国の州になれば、カナダ人はよりよい医療制度を享受できると主張した。
これらの発言は詳しく報道され、カナダ国民は激烈に反発している。カナダの非営利調査機関、アンガス・リード研究所が実施した世論調査では、カナダ人の約90%が反対だ。トルドー首相は「カナダが米国の一部になる可能性はない」と明言し、最大野党保守党のポリエーブ党首も「絶対にない」と反論する。ケベック州のルゴー州首相は「この発言は無礼である」とした上で、ケベック州にはフランス語と独自の文化、歴史があり、米国の一部になることは全く考えられないとトランプ発言を切り捨てた。
ここで、この背景にある加米関係の歴史を知ることは有益である。元を辿れば、カナダも米国も英領北アメリカ植民地に端を発する。だが、「日の沈むことなき大英帝国」から独立を勝ち得た米国は、自信に溢れ発展著しく、カナダへの領土的野心を露わにし、13州以外の英領植民地(現在のカナダ)も米国に帰属すべきだとの考えが主流となった。
その後、第2次独立戦争が勃発。カナダでは「1812年戦争」と呼ばれるが、実質はカナダと米国の戦争だ。カナダ側は領土を守りきるが、南からの侵略への備えが安全保障の核心だと得心する。この戦争が、米国でも英国でもないカナダ人のアイデンティティーの原点だ。
さらに、南北戦争が大きな衝撃を与える。英本国が南部に好意的な中立宣言を発したことで、北部では反英感情が先鋭化する。リンカーン政権の国務長官シュワードは、英領北アメリカ植民地を奪うべしとの論陣を張る。要するにカナダ併合論だ。カナダにとっては想像を絶する脅威で、対米防衛が焦眉の急となる。瑣末な相違点を超えた「カナダ人」としての国民意識が喚起され、広大な大地に分散した個々の植民地を統合する連邦結成への気運が加速する。そして、南北戦争終結の翌々年、1867年7月1日、自治領カナダが建国されたのだ。
その後も、19世紀末にカナダで最も北西のユーコン準州でゴールド・ラッシュが起こると、米国はアラスカとユーコン準州との国境を強硬に確定する。
第2次世界大戦後には、スエズ動乱を収めた国連緊急軍創設の功績でノーベル平和賞を受賞した、カナダの誇りであるピアソン首相が、ジョンソン大統領に胸ぐらを掴まれ、約1時間も吊るし上げられるという事態も起きた。ベトナム戦争の時代、北爆を巡る見解の相違に起因するものだった。ミドルパワーゆえの超大国に対する悲哀といった文学的表現では簡単に済まされない、加米間の苛烈な歴史の一端だ。
(『中央公論』4月号では、カナダの知られざる潜在力、トルドー首相辞任とトランプ関税に揺れるカナダの現状、今後の見通しなどについて論じている。)
1958年生まれ。東京外国語大学卒業、外務省入省。北米第一課長、総理大臣秘書官、アジア大洋州局参事官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、経済局長、在ニューヨーク日本国総領事・大使などを経て、2022年5月より現職。著書に『カナダ──資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』がある。