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キューバはベネズエラの「次」なのか(仮)

上 英明(東京大学准教授)

冷戦を乗り切った抑止力

 キューバの軍人や治安要員がラテンアメリカやカリブ海の政権に協力したのはこれが初めてではない。冷戦期には、チリのアジェンデ政権(1970〜73年)、ニカラグアのサンディニスタ民族解放戦線(1979〜90年)、グレナダのビショップ政権(1979〜83年)にも人員が派遣されている。もちろん、軍事・諜報(ちょうほう)協力はあくまでより大きな協力枠組みの一環に過ぎず、教育や医療など、民生支援の方が大規模であった。とはいえ、CIAによるサボタージュや要人暗殺計画といった政権転覆の策謀と戦ってきたキューバの諜報機関の能力は高く評価され、米州地域においても特別な意味合いを有していた。

 そして、キューバと協力関係にある政権が、圧倒的なパワーを誇る米軍の軍事介入を受けるのもこれが初めてではない。1983年のグレナダ侵攻では、レーガン大統領が動員した米軍に対して、現地に派遣されていた数百名のキューバ人たちが抵抗し、24名が戦死している。もちろん、これは単なる反米感情の衝動とか、自殺願望とかによるものではない。米軍と対峙したキューバ人たちがどれだけ抵抗できるかという問題は、本土防衛の観点から究極的に重要なのである。

 それはキューバ本土への軍事介入シナリオを描く米情報当局へのメッセージでもあり、想定される軍事コストを吊り上げ、攻撃を抑止する上でも不可欠だった。現に政権発足時のレーガン政権の中には、中米カリブ海におけるキューバの影響力拡大を懸念し、キューバ侵攻を公然と説くヘイグ国務長官がいた。この脅威に対し、キューバはベトナム戦争さながらの「全人民戦争」を準備し、侵攻を抑止したという背景がある。

 無論、冷戦期のキューバにはソ連をはじめ、東側陣営の支援があった。当時のキューバ軍は中南米随一であり、大西洋を越えたアンゴラの現地政権を守るため、核兵器を有する南アフリカのアパルトヘイト政権と戦火を交え、その精鋭部隊を打ち負かしたほどである。

 冷戦終結後、キューバは軍事介入の終焉を宣言し、政府間協力の大部分は民生支援となった。それでも本土防衛については、一定の自衛能力を保持し、攻撃の抑止を効かせてきた。現に、クリントン政権は1994年にキューバの隣国ハイチへの軍事介入を主導した一方、キューバに対しては及び腰であった。同年に作成された米国政府高官の政策文書には「キューバに対する米軍の介入はまったく想像できません」とある。長年にわたり米軍侵攻に備えてきたキューバ軍の存在を考えれば、「米国によるいかなる直接行動も、米軍に数千、いや数万もの犠牲者を出すことになるでしょう」。


(「中央公論」4月号では、このあとオバマ政権からトランプ政権にかけての変化、ルビオ国務長官の影響力、キューバとベネズエラとの大きな違い、そして今後懸念されるリスクなどについて論じている。)

中央公論 2026年4月号
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上 英明(東京大学准教授)
〔かみひであき〕
1984年山梨県出身。オハイオ州立大学学術大学院博士課程修了。Ph.D.(歴史学)。専門はキューバ国際関係史、アメリカ政治外交史。神奈川大学准教授などを経て現職。著書にDiplomacy Meets Migration(大平正芳賞、日本語版『外交と移民』)。
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