人類史上、未曽有の超少子高齢化を受けて、でもなおかつ、世界第三位のGDPを誇る現在の日本で、「経済格差」よりもある意味コワイのは「知的格差」である。
それを象徴するお二人にご登場していただこう。
※本稿は、中公新書ラクレ『「定年後知的格差」時代の勉強法』(櫻田大造著)の一部を抜粋・再編集したものです。
能動的知的生活エンジョイ派A博士の一日
朝食後、日課の掃除と洗濯終了。六五歳で定年し、六八歳で博士号を取得。それ以来、母校で非常勤講師を週に二回。今日は授業準備もしなくちゃ。大学に行き、講師控室でお茶を入れ、自作の野菜たっぷりサンドウィッチを頬張りつつ、「アメリカ政治論」の最終確認。
テーマはアメリカ大統領選挙。お堅い話オンリーだと飽きるだろうから、余談も入れよう。「学校に来たら、みんな、お互いなんて挨拶するかな? おはよー、オハヨー、オハイオ、Ohio......ということで(笑)、オハイオ州を制しきれなかった大統領は、六三年に暗殺されたケネディと二〇年選挙で勝ったバイデンを除いて、戦後いないんだよね」。
いつも前列の席に座るDさんが、クスッと笑ってくれる。純度一〇〇%の親父ギャグにうけてくれてありがたい。少なくともオハイオの名前は覚えてくれるだろう。
その後、アクティブ・ラーニングにチャレンジ。大統領選挙制度を変更するかどうかについて、賛成意見と反対意見に分かれ、侃かん々かん諤がく々がくの議論だ。こういう問題では、答えがないのが大学授業での「正解」だろう。学生たちがいろいろと考えていることがわかって嬉しい。
講義の最後に、勉強熱心なC君が質問しにきた。そうか、そこがわかっていなかったのか。教えることは学ぶこと。七〇歳になっても、熱心な学生を前に自分の専門分野を教えられるのはやりがいがある。授業とは関係ないが、最近のタピオカブームとその衰退について詳しく語る受講生もおり、なるほど! と感心。自分の子どもよりも若い学生に接すると、まだまだ教えられることばかりだなあ。そのうえ、いろいろな情報も入手できる。
講師控え室ではコーヒー片手に、E先生とアメリカ政治の現況について談笑。彼女はカナダがご専門だが、アメリカもフォローしているので、話が弾む。講師の「役得」だなあ。最後に今考えている論文構想をお話しして、「今後カナダとアメリカの関係について、疑問が出てきましたら、メールしてもよろしいでしょうか?」と聞く。「イエス」のお返事をいただいて嬉しくなる。
その後、パソコンに今度発表する学術論文の章立てを書く。一時間くらいかけて骨子が完成。手ごたえアリだ。帰り際、この論文向けに図書館で五冊の本を借りて、ネットで入手不可な古い英文論文をコピー。さすが大学図書館!
亭主元気で留守がよいのか? 私が六五歳で会社を辞め、六八歳で給料は安いとはいえ大学非常勤講師に就いてから、妻もご機嫌だ。夕食に麦芽一〇〇%のビールと好物のマグロの赤身を用意してくれていた。学問はいつでもできる。そう、しみじみ感じる一日だった。明日からは借りた本を読み、論文執筆に集中するぞ!