「ロック」から「ケア」へ?
三浦 山口さんの本の最大の特徴は、なんらかの理由で料理を作れない、作る気持ちがわかない方々から実際にお話を聞きつつ、ケースバイケースでレッスンを進める点ですよね。僕の本にはまったくない、広がりや柔らかさ、具体性があります。痒いところに手が届く感じがするんですよね。精神科医の星野概念さんとともに、オープンダイアローグの手法も存分に活用しながら、6人の方々の「困りごと」を丁寧に解きほぐしている。料理入門が「ケア」の実践になっている点が本当に画期的だと思いました。でも「ケア」を標榜していながら、それでいて「ロック」の精神を僕は感じたんですよ。
山口 料理業界への、ささやかな反抗です。(笑)
三浦 そこですよね。料理をめぐる世の中の古い常識、特に女性だからこれをして当たり前というような押し付けには毅然と抵抗し、自分のことは自分で決めるべし、という姿勢が本当にかっこよくて、ロックだなあ、と思いました。山口さんはある相談者の方との会話で、高山なおみさんのレシピで焼豚を作ったときの話をされていましたね。
山口 高山さんは、料理家として一番好きな方です。
三浦 そういう感じ、なんかわかるんですよ(笑)。高山さんもかつて、いわゆる良妻賢母的な家庭料理像には収まらない、しなやかでかっこいい独自のスタイルを先駆的に提示した、ロックな姿勢の方だから。「ケア」と「ロック」は正反対のようで、根底では通じるものがあると思うんです。ある意味ではかつての「ロック」が「ケア」になった。「生きづらさ」や「困りごと」をなあなあにせず、安易に順応しない。「ロック」の場合はストレートな反抗になりますが、「ケア」は反抗心を残しつつ、持続可能な暮らしのかたちを作り直すことに重点が置かれている。だから高山さんに始まった料理家のロックの物語が、山口さんの本に流れ込んでいるように思えて。
たとえば、山口さんは昨日の残り物を食べるのがあまり得意ではないとはっきり言っていて、これは料理家としては大胆な発言ですよね。自炊のハードルを下げようと思ったら読者に迎合して、いくらでも優しく振る舞えるじゃないですか。でもそうはしない。
山口 そのとき食べたいものを食べられるのが、自炊のよさだと私は思っているので。「昨日の私が食わそうとしてくる」みたいなのが嫌なんですよ。
三浦 それもなかなか言えないフレーズだと思う。(笑)
山口 私は嫌なものは嫌だと言うようにしていますが、同時に、今はそうすることがすごく難しい社会だとも感じています。でも、言いたいことは言いたいし、食べたくないものは食べないで生きていきたい。
三浦 山口さんは、市販の惣菜に関して「味つけが自分に合わなかったとき、それを我慢して食べる選択肢は私の中にはない」とも言っていますよね。僕だったら、デパ地下とかで買ってきた惣菜がまずくても食べるんですよ。人類学的興味がそうさせるというか、誰がどういう狙いで作ったのかを考えながら食べるのはとりあえず興味深いことだし。
山口 私は小さい頃にアトピーがあって、油っぽいものや乳製品、あと肉系が食べられなかったんです。だから「食べたい」と「食べられない」の間で葛藤してきたし、食べられないものをちゃんと見極めなきゃいけないから舌が繊細になる。その繊細な舌で日々料理をしていると、自分の好きな味が極まっていくんですよ。
私の食べられないものはジャンクフード全般と、多くの外食メニューが当てはまるので、「世の中の外食は私に差し出されていない」みたいな疎外感も抱き続けていました。ただ、逆に言えば家の中でしか食べられないものもあるんですよね。たとえば2日目の味噌汁のおいしさは、外では味わえないじゃないですか。
三浦 味噌汁だったら昨日の自分が食わせに来てもいいんですね。
山口 味噌汁は好きなので(笑)。料理によって自分の中で許容値に差がある感じで、汁物は大体いつ食べても大丈夫です。でも、作り置き系のお惣菜は得意ではないんですよ。私の料理教室の参加者からも、「作り置きを始めたけど、味に飽きてしまった」「味が落ちるから苦手になった」「食べきれなくて捨ててしまった」という話はよく聞きます。
三浦 熟成などにより、味が好ましい変化をするようなものならいいんですけどね。ぬか漬けやおでんとか。
山口 そもそも作り置きって、家族がいるから成立すると思うんですよ。私の料理教室には単独世帯の方が多くいらっしゃいますし、統計的にも単独世帯は日本の全世帯のうち約40%を占める、もっとも多い家族形態です。そういう世帯では、たぶん食べきれないだろうなって。もちろん、毎日同じものを食べていても平気で、むしろ毎日違うものを作るほうが大変だという方もいらっしゃるので、そういう方には作り置きは向いているでしょう。いずれにせよ万人におすすめできるものはなくて、何が自分に向いているかは自分で見つけるしかないんですよね。