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行動経済学で事務のムダをなくす

大竹文雄(大阪大学特任教授・京都大学特命教授)
写真提供:photo AC
(『中央公論』2024年8月号より抜粋)

(前半略)

少しの工夫で組織全体の事務負担は減らせる

 必要な事務作業を絞る、できるだけ自動化するといったことは、組織で対応すべきものです。個人の力で事務作業をなくすことはできませんが、一人ひとりが行動経済学的なナッジを効かせれば、事務作業にかける時間を組織全体で削減することは十分に可能です。ナッジとは、選択の自由を確保した上で人の行動を予測可能な形で変えるような選択肢を設計すること、と定義できますが、具体例で説明しましょう。

 合意形成や手続きの依頼は、誰もが日常的に行っていることと思います。編集者が取材依頼のメールを書くのも、一種の事務作業ですよね。その際、多くの人はまず企画の趣旨を詳細に説明し、最後に依頼の具体的な内容を書いています。さらに大学で多いのは、詳細は添付書類やリンク先を参照してほしい、というメールです。リンク先に飛び、ファイルをダウンロードして開き、長々とした文書を読む......。結論に行き着くまでに何段階も踏まなくてはならない。それだけで数分かかってしまいます。

 これは読む側にとっては非常に大きな負担です。趣旨や理由の説明よりもまず知りたいのは、自分がいつまでに何をすればいいのか。メールのタイトルや冒頭部分にそれが書いてあれば、すぐに判断して返事ができます。

 デフォルトの設定、つまり回答形式をどう設定するかも、受け手の事務負担に大いに関わります。賛成なら返事をするのか、反対のときに返事をするのか。都合のつかない人が返事をするのか、都合がついて参加できる人が返事をするのか。大多数が同意するような内容ならそれをデフォルトとし、「◯◯日までに返事がない場合は了解を得られたものとします」と書かれていれば、返事をする必要がないので受け手の負担は軽減されます。

 メールの設計を少し工夫するだけで、受け手はずいぶん楽になるのです。1通のメールへの対応に10分かかっていたのが3分で対応できるようになれば、1人あたり7分の節約になる。100人の大学教員宛てのメールなら、700分、実に11時間半以上もの時間を他の業務に使えることになります。

 ただし、依頼する側はメールの文面を工夫する必要があるため、従来よりも時間がかかるでしょう。何も考えずに趣旨説明から始める従来の文章であれば5分でできるところが、ナッジを工夫した文章作成なら15分はかかるかもしれない。でもそのおかげで組織全体の事務作業量は大幅に削減できます。

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