行動経済学で事務のムダをなくす

大竹文雄(大阪大学特任教授・京都大学特命教授)

情報の取捨選択を文化に

 もう一つ重要なのは、先ほども少し触れましたが、伝える情報を取捨選択することです。

 私は管理職時代、教授会の進行用にスライドを作っていました。教授会はもっと短くできるのにと常々思っていたので、自分が担当する際には無駄な情報提供をしないように心がけました。重要な論点を強調し、さほど重要でないことは割愛するなど工夫したため、私自身の準備時間はかなり増えましたが、そのぶん教授会の時間は記録的に短縮できました。会議時間が例えば2時間から1時間になると、教授会に参加する人たちは1人あたり1時間削減できるわけですから、私の準備時間が1時間増えたとしても、組織全体としては大幅な時間節約になり、生産性の向上に大いに貢献します。みんなの時間を節約するわけです。

 ただし、どの情報を伝えるか、会議で何を議題にするかを厳選し、時間配分を決めることになるため、情報提供者の責任は重くなります。伝えられない情報があることによって生じるデメリットも、もちろんあるでしょう。「俺は聞いていない」という人が出ないようにすることも必要なのかもしれません。

 でも情報過多のなか、すべての情報を共有していてはキリがありません。私たちの時間や注意力は無限ではないのです。不正確な情報を出してはダメだからと、すべての情報を漏らさず丁寧に伝える。そんなことをしていると、全員が山のような情報を日々流し、それを全員が「見ているはず」という建前が形成されてしまいます。建前ではなく実際に確認しようとすれば膨大な時間がかかる。事務負担は際限なく増大していきます。

 何が大事で強調すべきか、何を強調しないのか。情報提供者には意思決定の責任が生じますが、そのおかげで生産性が上がることは間違いがない。それなら、そういうカルチャーを作り、組織のすべての人がそうした発想を持つようにしていくしかありません。相手に失礼になるのではないかと躊躇する人がいると改善されないので、組織のトップから率先して発信・実行してほしいですね。昨今のオンライン中心のコミュニケーションにおいて、これは特に重要なのではないでしょうか。


(前半部分は『中央公論』2024年8号で)


構成:髙松夕佳

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大竹文雄(大阪大学特任教授・京都大学特命教授)
〔おおたけふみお〕
1961年京都府生まれ。83年京都大学経済学部卒業、85年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所教授、同大学大学院経済学研究科教授等を経て、2021年より大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授、23年より京都大学経済研究所特命教授(兼任)。著書に『日本の不平等』『行動経済学の処方箋』などがある。
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