メドベージェフ大統領が国後島を訪問したのを契機に、ロシアは北方領土の日本への返還を行わないという姿勢を明確にした。さらに平和条約の締結に固執しないという姿勢も取り始めている。このときに、ロシアとドイツの間には平和条約が存在しないが、国家間関係に特に支障はないという例が引かれる。そして、菅首相の「許し難い暴挙」発言を口実に攻勢をかけ、北方領土への正規軍の再配置を決定した。
メドベージェフ大統領の発言は口先だけの脅しではない。二月二十一日、ロシア軍東戦略司令部(ハバロフスク)のコンスタンチン・シデンコ司令官は、〈北方領土の駐留軍部隊について「今後2年以内に最新鋭の兵器が配備される」と記者団に述べた。(中略)セルジュコフ国防相は同部隊の軍備増強を軍全体の装備更新計画(2011?20年)に基づいて行うとしており、司令官の発言は北方領土の優先度の高さを示す。司令官は「(北方4島を含む)クリル諸島はロシアの領土であり、確実に防衛しなければならない」と強調した。兵器の詳細は明かさなかった。〉(二月二十一日『読売新聞』電子版)。この報道からもロシアが近未来に北方領土に正規軍を再配置するのは確実だ。
ロシアの罠を見抜いた前原外相
ロシア側は、一気呵成に「逆五段階論」の実現を図ろうとした。その意味で、二月十一?十二日の前原誠司外相の訪露が日露関係の正念場だった。結論から言うと、前原外相は実によく頑張った。そして日本の国益にとってのマイナスをミニマム(極小)化することに成功した。
具体的に見てみたい。二月十二日、モスクワにおける記者会見で前原外相は、「一部で、間違った報道がされているが、向こうから言われてやるのではない。私から経済活動を全面的に協力していく中で、北方領土については、われわれは日本の法的立場を害さないという前提であれば用意があると申し上げたわけで、向こうから言われてやるという類のものではない」と述べた。前原外相は、ロシア側が仕掛けてくるであろう罠を見抜いていた。
ロシアは、日本に北方四島での経済協力を拒否させ、それを口実に韓国や中国など第三国の投資を積極的に誘致するとともに、「日本人もパスポート(旅券)を持ち、ロシアのビザ(査証)をとってクリル諸島(北方領土)に来い」という立場に転換し、北方四島のビザなし訪問を撤廃する口実にしようとしていた。前原外相はロシア側のシナリオを見抜き、先手を打って、北方領土における経済協力に踏み込む発言をしたのである。
「双方の法的立場を害さずに北方領土での経済協力を進める」ということならば、北方四島周辺の安全操業という先例がある。この水域は、日露双方が自らの領海と主張する部分だ。領海で双方の立場を害さずに経済協力ができるならば、陸上でも可能なはずである。筆者のこのような考えに「四島一括返還」を社論として強調する産経新聞のロシア専門家たちが理解を示している。
〈佐藤氏は「歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の四島からなる北方領土はわが国固有の領土なので、日本領であることをロシアに認めさせるという原理原則は絶対に譲ってはならない。逆に原理原則でない部分については大胆な妥協をしても構わない」という。
北方四島が日本領であるという日本の基本的立場を崩さずに、現地に日本人が居住し、経済活動ができる仕組みを日露首脳の政治決断で実現させる。そうして北方四島を日本の経済圏に組み込むことによって、領土交渉を有利に進める環境を整備すべきだと佐藤氏は説く。
日本はメドベージェフ大統領の国後島訪問を許したいまこそ、佐藤氏の論を含め、今後の対ロシア戦略を徹底的に議論し、新戦略を構築すべきときなのだ。
そのとき何より重要なのは、あきらめないということなのである。
状況を変えるには、まずは「敵」のメンタリティーや論理、思考方法を徹底的に知る必要がある。日本人とロシア人では、根本的に異なるからである。そして、謙虚に情報収集と分析をし、日本の国益を最重視した選択肢を研究することである。〉(産経新聞モスクワ支局『誰がメドベージェフを不法入国させたのか 国賊たちの北方領土外交』産経新聞出版、二〇一一年、一九〇頁)
本稿において、筆者が日本国家を愛する一人の日本人として不愉快な気持ちを抑えながら、メドベージェフ大統領をはじめとするロシア人の内在的論理の解明につとめているのも、そうしなくてはロシアが進める「逆五段階論」に歯止めをかけ巻き返す戦略を、われわれが構築することができないと考えるからだ。
前原外相は、北方四島における日露経済協力に踏み込むことによって、ロシア側がビザなし交流を止め、領土問題の存在を否定する方向に進むことを現実的に阻止しようとしている。外務省のロシア専門家は全力を尽くして前原外相を支えるべきだ。外務省発行のパスポートではなく、内閣府発行の身分証明書を携行する日本人がロシアのビザを取らずに北方領土に渡り、経済活動や観光を自由に行える仕組みを作ることは可能なはずだ。