以下の記事は月刊『中央公論』2021年4月号掲載記事の後半部分。
台湾はなぜコロナ対応に成功したのか
─災害経験を通して見ると、日本の非常時対応の強みは民間の力であり、政治的指導者に難ありということですが、各国のコロナ対応と比較した時、日本の政治的指導者にはどんな課題がありますか。
遠藤 コロナ禍で日本は最悪のことにはならずに、全世界的に見れば死者も少なくて済んでいます。これは、東日本大震災の時の現場での頑張りみたいな社会自身が持つレジリエンス(回復力)のようなもので、日本は踏みとどまっているといえるでしょう。
私がちょっと残念だなと思うのは、隣の台湾と比べた場合ですね。台湾のような民主国家がコロナ感染という有事にしっかりしたパフォーマンスを残せている。その可能性は日本にもあったのだろうと思います。中国が非常に権威主義的な方法で感染を抑え込んで、残念ながら一つのモデルを作ってしまっている時に、人口二千数百万人の台湾ではなくて、人口一億人を超える日本が台湾並みの成果を示せれば、大規模民主国家でも十分にこういう危機に対応できるという流れを作れたんじゃないかと思いますね。
私はもしかしたら三浦さんより日本に対する期待が珍しく高いのかもしれません。良いリーダーがいればもう少し良い結果になっていたのではないかと、頭をよぎります。
三浦 台湾のどこが良かったですか。
遠藤 政府と国民、経済界の信頼が一定程度あるというのは非常に大きい気がしましたね。それがベースにあり、今回それを高めていったというか。もともと一定の信頼があるから、デジタルデータの共有なども強権的でない形で国民が受け入れる。あの辺はいいなと思いました。
三浦 台湾の民主主義の歴史の浅さを考えると、面白いですね。ただ、台湾政府は、中国に対する警戒心を政治利用してきたことも事実です。日本などよりも徹底的に選挙やインターネットから中国の浸透や影響を排除しようとする。今回、台湾が武漢からの入国を早期に排除できたのは中国に対する警戒心から相当な情報収集を行っているからでしょう。日本のような規模の大国が、インバウンドの最大のチャンスである春節を前に中国からの入国を拒否する合理的な判断材料があったかといったら、肺炎のニュースが少々出たくらいでは無理でしょう。台湾の成功は強い対中警戒心と市民に対する強制力の強さにほぼ尽きます。
残りの成功の要因はおっしゃるような政府との相互の信頼に基づいた合理的な仕組みですよね。日本の超過死亡も大きく減ったのですから、世界から見ればさほど結果は違わないのですが。
遠藤 八ヵ月ほど住んだ経験から、台湾が天使の社会だとはまったく思いません。ですが、全世界を見渡して民主国家の中で最も自由と民主、コロナ対策、安全保障といった変数をうまく処理した一つの在り方だったと思います。台湾のある種のコヒージョン(結束力)が対中国にあるのはその通りですけど、彼ら自身も国体イメージが割れていて、それなりに緊張関係がありますね。台湾が中国ヘイトで固まっているとは思いませんが、逆に日本は警戒が弱すぎる気がします。将来の民主主義国家のリーダーは、ヘイトにならない形できちんと権威主義に対応する。その構えが必要だと思っています。
三浦 台湾のリーダーシップの強さは、一つには政権交代しているということもあるでしょうね。
遠藤 私は最近、ヨーロッパの戦間期のことを考え直しています。民主国家に対して、強烈に興隆してくるナチスは独裁的なリーダーを戴き、工業力も国民の勢いもまるで違う。民主国家の方は国内がごちゃごちゃしていてリーダーの力も弱い。最終的に一九三八年、三九年頃には戦わざるを得ない局面が出てくるわけです。表面上は民主国家であれ、独裁国家であれ、リーダーは似たような権力行使をせざるを得なくなっていく。その中で、何のための権力行使なのかという、権力の目的地みたいなものが重要になるのではないでしょうか。つまり、コロナでロックダウンをすると、武漢でも民主国家でも表面上はほとんど同じに見える。それが何のためにされているのかをもう一度問わなければいけません。
今の話は市民生活の暴力的なコントロールですが、長いスパンで見れば、国家間の戦争の話にもなり得る。権力行使の目的は何なのかを、民主国家のリーダーはことあるごとに発信していかなくてはいけない。権力行使の見た目が独裁国家と似てくれば似てくるほど、そうなるでしょう。