遠藤乾×三浦瑠麗 「権力行使という難問」に挑む民主国のリーダーたち
「あなたのためだから」の危うさ
三浦 遠藤さんの問題提起は、私もすごく気になります。劇的な施策を打ち出す場合、その哲学はしっかり示さなければいけません。「あなたのためだから」と言って押し切るのは危険です。例えばトレーニングジムで「もう無理」という時、パーソナルトレーナーから「三浦さん、あなたのためだから」と言われるのはOKですよ(笑)。私を半ば強制的に鍛えてねっていう、明示的でないにせよ契約を結んでいるからです。しかし、国家が構成員にそれを言うのは違う。「あなたのためだから」というのは、私権制限の時によく持ち出される理屈で、メルケルさんの「家にいましょう」というのもそうでしたね。昨年十二月の「クリスマス前に多くの人と接触し、その結果、祖父母と過ごす最後のクリスマスになってしまうようなことはあってはなりません」という言葉が称賛の嵐で迎えられた時、危険を感じたんですよ。ドイツにはある種の同質性があって、それを前提にできたからこそ感動をもって受け入れられたと思うんですね。メルケルさんの演説の問題点は、一国の指導者がクリスマス前の一週間の学びより、祖父母に会うことに価値を置く生き方を強制してよいのかという点です。まあそれに感動できる人が多いから、民主主義が成り立っているんですけど。「あなたのためだから」は暴走するし、人間は弱いからそう言ってほしいところもある。権力によって「あなたのためだから」が自己目的化され、目的を失った近代国家が漂流していく先としていかにも陥りそうな罠に見えるんです。......私の保守的な部分なんでしょうか。
遠藤 いやいや、十分気持ち悪いと思いますよ、「あなたのためだから」というのは。もっと偽善的なのは「われわれのためだから」という言い方かもしれないですね。ちなみにリーダーシップ理論だと、「これをやることがあなたのためだから」と言いながら、自分の思う方向に持っていくのが根幹になっている。