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遠藤乾×三浦瑠麗 「権力行使という難問」に挑む民主国のリーダーたち

遠藤 乾(北海道大学公共政策大学院教授)×三浦瑠麗(国際政治学者)

メルケル首相が与える納得感

─メルケル首相は、ドイツでどんな評価がなされているのでしょうか。

 

遠藤 メルケルさんは一言で言ったら「やじろべえ」みたいな人なんです。党内や世論のバランスなどを見極めて、最後に後出しでリーズナブルな策を出す。バランス感覚があり、決定的に愚かなことはしない安心感がある。難民の受け入れはどこまで美化していいのか難しい面がありますが、(ベルリンの)壁の向こう側で長い間暮らしていた自分が、壁を作ることはできないという発言をしています。国民からも散々指弾されましたが、ハンガリーやオーストリアとの国境管理などでは陣頭指揮もとり、頑張った。

 ただ、私が理解できないのは中国観です。東ドイツにいて非自由、反自由を見せつけられてきたのに、産業界に引きずられているだけじゃなく、全体主義とか権威主義の向こう側で、中国を何かロマンティックに見ているところがありますね。

 メルケルさんがコロナ対応で賞賛されたのは、科学者張りの合理的な説明で国民にわかりやすく提示したことが理由に挙げられますよね。これはコミュニケーション能力というよりも意思の問題かもしれません。こういうところを国民は見ている。大事なのは、「あなたのためだから」という言葉への納得の度合いです。感動というより、そこにクレディビリティ(信頼性)があるかどうか。

 たぶん三浦さんが台湾の例を気にしたのもそれだったんだと思いますが、まだ中国の習近平国家主席の方が─私自身はもちろん批判的なんですけど─すっきりしている。つまり権力の自己目的、共産党の権力保持という目的がはっきりしている。それが世界と比較した時に最も成功裏にコロナを制圧したモデルとしての誇りまで中国国民に与えてしまう。そこは一つのリーダーシップの型なんでしょうね。

 だけど、習近平さんが「これはあなたのためだから」と言う時、やはりものすごい自由制限が伴って、本当にそのためにやっているかは、かなり中国の人にも疑問があると思います。私はコロナであれ、軍事であれ、権力行使が必要になればなるほど、納得感が大事になると思います。

 

三浦 ドイツと中国では政府に対する「信頼」の意味合いも違いますからね。でも民主的な説得のプロセスにおいては、やはり感動が介在する。民主主義が感動によって重要な諸原則を損なうのは問題です。

 

遠藤 最後は一定の合理性を感じられるかどうかだと思います。日本の場合、初期のコロナ対応で習近平さんの来日とかオリンピックとか、違う夢を見ている感じが滲んでいた。先進国で危機の中で支持率を落としたリーダーはあまりいないと思いますが、安倍さんはその一人でした。国民は敏感ですね。

 

─コロナの経験を経て、世界各国で求められる政治的指導者像は変化していくと思いますか。

 

遠藤 コロナは今後も残っていくでしょうが、それよりも「先進国リスク」と権威主義の台頭がセットで押し寄せてきていることによって、今は世界史的な転換点にあるのではないかと思います。先進国は、ポピュリズムというかどうかは別として、近年自分で自分の足を打つような状況になってきています。中間層のやせ細りとその要因が消えない以上、先進国リスクは続くと思うんですね。

 日本だって、約九三〇万人のアンダークラスがいて平均年収一八六万円とか言っているわけですよね。ここはあまり政治的にアクティブにならない層ですが、問題はたぶんすぐ上の層。雇用は持続していても、年収二五〇万円とか三〇〇万円ぐらいの人たちがどの政党を支持するかで、かなり日本の政党システムの将来が変わるんじゃないでしょうか。

 一方で中国のような権威主義国家が台頭し、世界中に浸透してくる。米中対立を超えて、その争いは続いていく。今後、民主主義陣営にいる日本のリーダーは、そこを意識せざるを得ない。先にも話しましたが、場合によっては権威主義と似たような権力行使をせざるを得ない。その局面で何のためにその権力を行使するのかを相対的に自覚できて、きちんと説明できる人。そういうリーダーの必要性は、非常に緊迫した形で増していくのではないでしょうか。

 

三浦 ええ。近年、リーダーにはますます多くのことが要求されるようになってきています。しかし、人間はそんなに完璧ではありません。専門的で複雑に絡み合った問題に単純な解決を期待するのと一緒で、リーダーに対する高すぎる期待値は政治への幻滅と左右のポピュリズムの台頭に道を開きます。

 まずは国民に語りかけるコミュニケーション能力と、馬鹿なことをしないで踏みとどまる常識と胆力を望みたいですね。

 

〔『中央公論』2021年4月号より抜粋〕

遠藤 乾(北海道大学公共政策大学院教授)×三浦瑠麗(国際政治学者)
◆遠藤 乾〔えんどうけん〕
1966年東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。カトリック・ルーヴァン大学修士号、オックスフォード大学博士号。欧州委員会専門調査員、パリ政治学院客員教授などを経て現職。専門は国際政治、ヨーロッパ政治。欧州大学院大学客員教授。『統合の終焉』(読売・吉野作造賞)、「日本の安全保障」シリーズ(編著)など著書多数。

◆三浦瑠麗〔みうらるり〕
1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業。同大学公共政策大学院及び同大学
大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。山猫総合研究所代表取締役。第18回正論新風賞受賞。『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』『私の考え』『日本の分断』など著書多数。
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