選挙の実施が規範化した現代の独裁制
独裁者は恐怖政治のコストが高まるにつれて、その統治手法を適応させて生き残りを図る。この制約と順応が顕著に表れるのが「選挙」である。今や選挙は、権威主義体制下でも民主的正統性を演出する制度装置として広く実施され、野党を排除する選挙もごく少数の事例に限られる。
図1は、過去およそ200年の権威主義体制の変遷を示している。19世紀初頭の権威主義体制は、国政選挙を実施しなかった。しかし現代においては、独裁制でも選挙をおこなわない体制は減少し、2010年代には中国などわずか20%弱にすぎない。また冷戦期には、選挙こそおこなうも、野党結成を認めない「閉鎖的独裁制」が大きな比率を占めていたが、冷戦後に急速に比率を低下させ、2010年代には15%程度になっている。
伝統的な権威主義体制に代わって急増したのが、複数政党が参加しつつも、独裁者が様々な手法を用いて選挙を操作して政権交代を起こさせない、いわゆる「選挙独裁制」である。この選挙独裁制の比率は冷戦期に20~30%で推移し、冷戦後には75%前後まで高まった。現代の独裁者の多くは、複数政党選挙を実施し、かつ国際選挙監視団を招聘するのが半ば規範化している。それらに鑑みると、強制的手段を用いて選挙結果を操作するコストは増大していると考えるべきであろう。
選挙独裁制で典型的に用いられる操作は、それこそ「あからさまな選挙不正」である。野党政治家の排除や選挙登録抹消、野党の支持者や候補者への暴力や嫌がらせ、選挙管理委員会の支配、票の水増しや代理投票・複数投票、票の改竄などだ。この種の不正は独裁者を圧倒的勝利に導くものの、抑圧コストも高める。つまり不正が認識されれば、それは当然、大衆の支持を反映した選挙結果とは解釈されない。さらには国際的非難や援助凍結をも受け、選挙後の抗議運動を生み出しやすくなる。そして何より、選挙結果を通じて市民の動向に関する真の情報を得るのが難しくなる。
1982年沖縄県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、ミシガン州立大学Ph.D.(Political Science)。早稲田大学高等研究所助教を経て、2016年より現職。その間、欧州大学院大学マックス・ヴェーバー博士研究員、ミシガン大学客員研究員などを兼職。専門は、比較政治経済学、権威主義体制、中央アジア政治。22年6月にThe Dictator,s Dilemma at the Ballot Box を刊行予定。