資本主義は「オワコン」なのか
――「ネオ共産主義」という言葉もありましたが、近年マルクスの思想は改めて脚光を浴びています。斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』のように、環境問題の解決のためにマルクス主義が必要だという議論も注目されていますね。
井上 これは斎藤さんだけでなく、反資本主義的な主張をする人に共通の傾向ですが、話のスケールが錯綜しているように思います。要するに一種の「セカイ系」で、興味の対象がごく身近な恋愛や家族関係の悩みから、温暖化による地球の破滅や資本主義の終焉みたいなビッグイシューにいきなりジャンプしちゃう。中間にある現実的な問題が捨て去られて、どうやって賃金水準を上げるかとか、雇用を回復させるかといったことには興味がなさそうに見えます。
山形 標準的とみなされてきた制度でうまくいかない点が出た時、改善についての議論をするよりも、総とっかえを主張する方がもてはやされやすいんですよね。ただ、そうした主張にトンデモ理論が混ざっていることも多いのですが......。
たとえばアインシュタインによって古典的なニュートン力学の一部は否定されていますけど、すべてが覆ったわけではまったくない。今でも建造物の構造計算をする時に使うのは、当然ニュートン力学です。ごく一部のきわめてテクニカルな分野で相対性理論や量子力学が使われているのですが、大半の人はそんな使い分けなんて意識せずに暮らしている。
経済も同じで、景気が良ければほとんどの人は資本主義に疑問を持ったりしません。うまくいかない部分が目立ってくると、部分調整をすっ飛ばして総とっかえしようと言う人が現れます。でもたいていの新理論は、実証実験するまでもなく論理が破綻しているトンデモなんですよね。
井上 ただ、標準とトンデモがクリアに分けられるのかという問題はあります。
山形 そうなんですよね。
井上 たとえば、今流行しているMMT(現代貨幣理論)がトンデモであるかどうか。この理論は、「自国通貨を発行している国では、財政赤字それ自体は問題ではない」という主張で知られています。
私も『MMT』という解説書を書いていて、トンデモ理論ではないと思っていますが、他方で全面賛成というわけではありません。有益な部分だけつまみ食いして現実の政策に活かせばいいと考えていますが、こういう発言をするとMMT派の皆さんから叩かれもします。
山形 私はMMTについてはいまだによくわかっていなくて、インフレになるまで国債を出せばいいということであれば、現行のリフレ政策ととくに変わらない。国が雇用を作るJGP(ジョブ・ギャランティ・プログラム)がMMTの本質だと言う人もいますが、公共事業による雇用拡大はケインジアンの主張と変わりません。いったい何が本質なのかが、よくわからないんですよね。
井上 いろいろな要素が詰まっているので、有益なパーツを適宜取り出して使えばいいと思うのですが、それはMMTを信奉する方には許せないものらしい。L・ランダル・レイの『MMT』の日本語版の帯には「第一人者による『バイブル』」とありますが、バイブルとして祭り上げずに、うまく活用した方がいいと思います。
MMT入門としてはレイの本は難しすぎるので、賛否両論はありますが、中野剛志(たけし)さんの『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室』から入るのがいいと思います。この本は私が教えている学生たちにも人気がありますね。主流派経済学は全部間違えている、という具合に経済学者たちにマウントを取るような書きぶりですが、最初はそういう本から入ってもいいと思います。
あと、飯田泰之さん、松尾匡(ただす)さんと私で共編した『教養のための経済学 超ブックガイド88』は、ミクロとかマクロといった小難しい理論ではなく、環境経済学とか格差・貧困問題といった具体的なテーマを学ぶにはどんな本を読めばいいのかわかるので、経済学の初心者におすすめです。
構成:柳瀬徹
1964年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程、マサチューセッツ工科大学大学院不動産センター修士課程修了。幅広い分野で翻訳・執筆活動を行う。著書に『新教養主義宣言』『断言』『経済のトリセツ』など。訳書にケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』、ピケティ『21世紀の資本』(共訳)、クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』など多数。
◆井上智洋〔いのうえともひろ〕
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学大学院経済学研究科に入学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、経済成長理論。『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『「人工超知能」』『AI時代の新・ベーシックインカム論』『純粋機械化経済』『MMT』『「現金給付」の経済学』など著書多数。