非対称なサイバー戦
土屋 認知戦にしても今回は、ウクライナ政治を全く分断していないし、プロパガンダ的な発信もレベルが低すぎます。AIによる偽動画は素人が見ても見分けがつくレベルだし、フェイクニュースと言われているものも下手です。
逆にウクライナ側は十分に備えていて、ゼレンスキー大統領が逃げ出したというフェイクニュースが流れると、すぐに大統領本人が自撮りで発信して否定した。居場所を示すためにあえて背景を映していたのも賢かった。ゼレンスキーは色々な国の議会で発言し、味方を作ることに成功していますが、それに対して、ロシアが巻き返さないのも訳がわかりません。
鈴木 巻き返さないというよりも、どんどん内向きになっている感じがします。ウクライナがうまかったのは言うまでもありませんが、ロシアはあまりに下手すぎる。このあたりも理解できない。今までの蓄積はどうなったのかと思います。
土屋 やはり、プロパガンダの半分は国内向けなのだろうと思います。プーチン大統領からすれば、ロシア国外から何と言われようと関係ない。自分の支持率がどうなっているかだけが気になっているとしか思えません。
鈴木 そうですね。
土屋 サイバー攻撃はいつ誰が仕掛けてくるかわからないから、アトリビューション(実行者の特定)が重要だと言われてきましたが、今回は最初からロシアがやってくることも、いつ始まるかも大体わかっていました。
サイバー攻撃が行われる前には、スキャニングといって、相手の脆弱性を探す動きが必ずある。今回、ウクライナ側はロシアのスキャニングを待ち構えていた。それを受けて、もうすぐサイバー攻撃が来るぞと用意していたら本当に来た感じです。
ロシアのサイバー攻撃もわかりやすくて、事前にウクライナ国内にいる工作員にだいぶやらせていた。その工作員に軍資金と報酬をビットコインで送ったり、普通の銀行口座に送ったりしていた。ウクライナ側は、そのお金の動きをアメリカのアドバイスを受けてチェックし、工作員をみんな捕まえています。
不意打ちで始まっていれば、戦況はもう少しわからなかったと思いますが、準備期間が長過ぎました。
鈴木 昨年の10月、11月くらいからロシア軍は国境周辺に兵を集めていたし、11月にはASATの実験を行った。備えるための時間を3ヵ月くれたのと同じことです。
ただ、ウクライナとロシアの戦争だけで見ると、ロシアの物量は圧倒的です。クリミア侵攻以降、サイバー戦、世論戦、心理戦、法律戦など色々な新しい戦争のかたちが出てきました。2016年、20年のアメリカ大統領選挙にロシアが介入してきたこともあり、次に戦争が起こったら、サイバー戦や宇宙戦になるから戦車などの火力は要らなくなると思っていた。まさか、今頃になって20世紀的な物量で攻めてくる戦争が始まるとは誰も想定していなかった。
多くの国は今回の戦争を通して、やはり兵隊は大事だし、弾は備えておかなければいけないと考えざるを得なくなった。今までの流れに逆行するところまで行くかはわかりませんが、戦車を押し出してくるレトロな戦争をする人たちがいる以上、それに対する備えをしておかなければならなくなるのは間違いないと思います。これが今回の教訓の一つです。
土屋 アメリカがなぜここまでウクライナに関与しているのかというと、2016年の大統領選挙でロシアがネットを通じてトランプを支援したことで、アメリカ政治が混乱に陥ったからです。18年の中間選挙の時にもロシアからやられそうになったが、なんとか防いだ。20年の大統領選挙の時も、ロシアはバイデンの不利になりそうな根拠のない情報を広めるなどしました。
ロシアは20年、アメリカのサイバーセキュリティ会社・ソーラーウインズのシステムをハッキングして、アメリカの政府や企業から大量のデータを盗んだ。アメリカ軍は当時そこに頭が回っていなかった。
その時の屈辱があるから、今回はサイバーの面でも絶対に負けられない。ウクライナが負けることは、アメリカにとって許しがたいという思いが強い。アメリカのサイバー軍の司令官も、「自分たちはウクライナを手伝っている」と堂々と議会公聴会で言っています。
構成:戸矢晃一
(続きは『中央公論』2022年9月号で)
1970年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。同大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。専門は国際関係論、情報社会論、公共政策論。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主任研究員などを経て、現職。『暴露の世紀』『サイバーグレートゲーム』など著書多数。
◆鈴木一人〔すずきかずと〕
1970年長野県生まれ。立命館大学国際関係学部飛び級退学。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。Ph.D.(現代欧州研究)。専門は国際政治経済学、科学技術政策論。著書に『宇宙開発と国際政治』(サントリー学芸賞)、共著に『米中の経済安全保障戦略』、共編著に『バイデンのアメリカ』など。