脅迫に屈しない信念の人・尾身茂
──コロナ対応を引っ張ってこられた尾身さんを、どう評価しますか。
河合 尾身さんに対する評価は毀誉褒貶がありましたが、私は、尾身さんは殺害を予告する手紙が届いても、誹謗中傷があっても、政府の新型コロナ対策分科会会長を辞職せず、職務を全うした信念の人だと思います。役割を果たすためにやるべきことを、決して途中で投げ出さない。そのリーダーシップに、専門家を含めみんながついていったのだと思います。様々な人の話をよく聞き、怒ることがめったにありません。個人の感情と自分の役割をきちんと分けているのだと思います。
牧原 尾身さんは、みんなの話をよく聞いて、「ああ、そうか」と相づちを打っているタイプ。専門家らの牽引役というよりは、全体をよく見て取りまとめる調整型のリーダーではないでしょうか。
私は『田中耕太郎──闘う司法の確立者、世界法の探究者』という本を22年11月に刊行しました。東京帝国大学法学部教授として大学自治を守ろうとし、最高裁判所長官として司法の独立を確立した人物の評伝です。その関係で、私は「専門知の独立性」がどう確立されているか、新型コロナ対応において専門家たちは、独立した立場から発信できているか、という点に強い関心がありました。
私は、彼らの勉強会に参加してみて、専門知がしっかりと独立していると確信しました。記者会見をする尾身さんが目立っていましたが、彼が話している内容は勉強会での議論を踏まえたものです。もちろん、尾身さんのリーダーシップもあるのですが、彼を支える専門家集団が、政治など外部からの干渉を受けずに独立して提言をまとめあげていました。
尾身さんは、政治家と渡り合ったり、国民に働きかけたりする場面では、専門家という立場にとどまらず、政治的にならざるをえませんでした。しかし、ご自身は、新型コロナ関連の様々な会議の委員ではあるものの、政治責任を持つ政権の一員ではありません。本来ならば、政府の科学技術分野の顧問的な立場の人、または厚生労働省の医系技官(医師免許を持った官僚)トップである医務技監ら、政府の一員が国民に説明すべきだったのですが、誰もその役割を引き受けなかった。これは、今後の感染症対策における大きな課題です。