厚労省の対応を検証すべき
──コロナ禍に、日本の行政・官僚組織は必ずしも的確に対応できたとは言えないと思います。何が原因なのでしょうか。
牧原 コロナ禍で、厚労省が何を考えて、どのような活動をしてきたのかが一番分からないと感じています。『きしむ政治と科学』でも書きましたが、尾身さんは様々な局面で厚労省にブレーキをかけられたと語っています。提言の内容に対しても修正を求められました。なぜ、厚労省が、そのような対応を取ったのかは明らかではありません。厚労省の考えなのか、官邸の指示なのか、官邸への忖度なのか、などが全く分からないのです。
尾身さんは首相や新型コロナ担当大臣、厚労大臣に会って提言などを行ってきましたが、基本、情報交換する相手は厚労省です。
官邸ではかつて、厚生省出身の古川貞二郎さんが官僚トップにあたる内閣官房副長官を務めていたことがあります(1995年2月から2003年9月まで)。その時期は、官邸から厚労省(厚生省)への指示系統が明確でした。その後、官邸の高位のポジションに厚労官僚がいなくなり、官邸の方向性を踏まえた的確な指示が、厚労省に下りていませんでした。また、厚労省は、医師免許を持つ医系技官など専門家が多くおり、ある意味、「割拠」しています。そのためか、官邸の意向をどう汲み取ればよいか分からず、右往左往していたのではないかと思います。
河合 コロナ対策にあたった厚労省の医系技官たちのなかには、その後、厚労省を辞めた人もいるし、厚労省内で異動した人もいて、コロナ禍当初から一貫して対策に関わってきた行政官は少ないと聞きました。
分科会のある構成員は、「自分たちは3年半以上、新型コロナ対策に関わり、知識を蓄積してきたが、厚労省は担当者が代わり、その都度説明し直さないといけない」と指摘しました。それはコロナに関連する対策や施策に対しての知識が積み上がっていかないだけではなく、専門家との関係も一から構築し直さなければならないということです。厚労省は2年ほどで人事異動になることが多いのですが、感染症など専門的な知識が必要とされる分野の担当者は、エキスパート官僚として留任させることを検討してもいいのではないでしょうか。
(続きは『中央公論』2023年11月号で)
聞き手・構成:坂上 博(読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員)
牧原 出/坂上 博 著
福島第一原発事故、さかのぼれば薬害エイズ、水俣病……。専門家による政府への科学的助言はいつも空回りした。このコロナ禍でもまた、政治と科学(専門家)は幾度も衝突した。専門家はその責任感から、自らの役割を越えて「前のめり」に提言したこともあった。専門家たちは何を考え、新型コロナに向き合ったのか。政治と科学の間には、どのようなせめぎ合いがあったのか。そして、コロナの教訓を新たな感染症の脅威にどう生かすのか……。尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長への計12回、24時間以上にわたるインタビューを通じ、政治と科学のあるべき関係を模索する。
1967年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。博士(学術)。専門は行政学、政治史、オーラル・ヒストリー。東北大学教授などを経て、2013年より現職。『内閣政治と「大蔵省支配」──政治主導の条件』(サントリー学芸賞)、『田中耕太郎──闘う司法の確立者、世界法の探究者』(読売・吉野作造賞)、『きしむ政治と科学コロナ禍、尾身茂氏との対話』(共著)など著書多数。
◆河合香織〔かわいかおり〕
1974年生まれ。神戸市外国語大学卒業。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。『セックスボランティア』、『ウスケボーイズ──日本ワインの革命児たち』(小学館ノンフィクション大賞)、『選べなかった命──出生前診断の誤診で生まれた子』(大宅壮一ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞)、『分水嶺──ドキュメント コロナ対策専門家会議』『母は死ねない』など著書多数。