(『中央公論』2023年11月号より抜粋)
『きしむ政治と科学』と『分水嶺』
──お二人とも新型コロナに関する著書があります。どのような問題意識からまとめられましたか。
牧原 政治学・行政学の研究者である私は、新型コロナ対策がどのように立案され、実行されているのか、分析してみたいと思っていました。ただし、コロナ感染拡大の渦中では、当事者である政治家や官僚は率直に語れないでしょう。一方、専門家は専門的立場から、ど真ん中の発言をしてくれるのではないか、と思いました。
尾身さんら専門家たちは公式の会合以外に、非公式に勉強会を開催していたのですが、コロナ禍初期の2020年5月、この勉強会に招かれて提言をする機会がありました。専門家たちが、どのような雰囲気で、どのように議論しているのか、その一端を知ることもできていました。
私の周りからは尾身さんを含めた専門家への批判の声も聞かれたのですが、そのようなセカンドボイス、サードボイスではなく、「ファーストボイス」である尾身さんの話を聞きたかった。尾身さんという一人の人物の視点から、いわば、定点観測することで見えてくることがあります。その結果、まとめられたのが『きしむ政治と科学』です。
河合 私は、牧原さんの手法とは違い、群像劇にしたいという思いがありました。例えば、尾身さんの立場では言えないことや知りえなかったことも、他の人の視点から見れば違った景色が明らかになってくる。専門家だけではなく、対策にあたった大臣、官僚、知事らにも話を聞きました。尾身さんに批判的な人にも登場してもらい、多声的な構成としました。それが『分水嶺』です。
ここで強調したいのは、私の本には牧原さんが登場していることです(笑)。牧原さんは20年5月、専門家が政権をあてにせず、自ら発信する姿勢を「前のめり」と表現した論考を発表しました。前のめりの姿勢が結果的に、政治が負うべき責任を専門家が負ってしまう一因となったと分析されました。
専門家たちは、この論考を読んで、「自分たちの立場や思いを分かってくれる人がいるんだ」と、ほっとしたそうです。牧原さんは専門家に示唆を与えたという功績があるのです。