制度の充実ゆえの「選挙ハック」
日本は諸外国と比べても、選挙公営制度が極めて充実した国である。そのことが今回の都知事選において、選挙を売名目的や営利目的で用いる、いわゆる「選挙ハック」が生じた背景の一つであることを理解しておく必要がある。
選挙公営制度に詳しい安野修右(やすののぶすけ)は、1回の総選挙に250億円前後の税金が投入されているとして、「準政党助成金と呼べるほど巨大である」(「選挙における「政府の失敗」」『選挙研究』37巻1号、2021年)と指摘している(政党交付金は、国民1人あたり年250円、年ごとに315億円程度である)。今回の都知事選に約59億円の税金が使われており、他の地方選挙の額も合計すると、国政選挙がある年は、政党交付金に匹敵する額になることがわかる。
今回の都知事選では、同一の政治団体から24人の立候補者が出たことや、ポスターの枠を事実上販売したことが問題となった。先に示した通り、今回の都知事選のポスター掲示板の設置額は約12億6000万円であり、56人の候補者のうち24人分(7分の3)である約5億4000万円がこの政治団体の候補者に費やされたことになる。24人分の供託金7200万円(1人300万円)を払っているからといって、自由に販売してよいわけではない。当選を目的とする選挙活動のために、税金によって公的に補助されたスペースである。仮に販売するのであれば、5億4000万円を払ってから行わなければならない。
このほか、候補者は供託金300万円さえ払えば、政見放送で自らの主張を訴えることができる。ニホンモニターの調べによると(フジテレビ「日曜報道 THE PRIME」7月14日放送分)、1回5分30秒の政見放送の広告換算額は、午前6時台は660万円、午後11時台は1672万円強とのことである。供託金の額では到底賄いきれない時間を公共の電波を通して主張できることになる。とりわけ、日本の政見放送の時間配分は均等主義に則っており、諸外国で主流の議席比や得票比による比例主義と異なっているため、新興勢力にとって参入障壁が低い点も見逃せない(Airo Hino, New Challenger Parties in Western Europe, Routledge, 2012)。
このように、候補者は選挙公報、選挙ポスター、政見放送といった三種の神器を手に入れることができるため、供託金300万円と照らしても、十分に割に合うと判断している可能性がある。皮肉なことに、選挙公営制度が充実しているがゆえに、当選すること以外の目的で選挙を利用(悪用)する候補者が増えていると考えられる。知事選の中でも特に注目度が高い都知事選においてこの傾向が強いことも、背景として認識する必要があるだろう。
(続きは『中央公論』2024年9月号で)
1974年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、英国エセックス大学でPh.D. (政治学)を取得。首都大学東京准教授などを経て現職。専門は選挙研究、比較政治学。著書に『New Challenger Parties in Western Europe』、共編著に『世論調査の新しい地平』など。