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カマラ・ハリスを支える力学と「火種」

渡辺将人(政治学者)

2016年のトラウマ

 米国の党大会は正副大統領候補を指名する儀式だ。テレビ時代以降は全米生放送の広報にして、高く売れる放送商品でもある。だが、空中戦の側面は一部でしかない。4年に1度の党事に集まる海千山千の大物政治家や献金者、利益団体、シンクタンク関係者らは爪痕を残すために力を注ぐ。放送時間の関係で演説は夜限定で、日中は各種団体の集会が目白押し。政治家は集票活動の一環で梯子するが、予定調和とは限らず、荒れることもある。ここでの「裏演説」こそ、党大会の真骨頂だ。

 暗黙のルールは大統領候補の面子(メンツ)を立て、党の結束を崩さないことだ。だが、過去にはそれが破られたこともある。2016年大会ではヒラリー陣営がバーニー・サンダース陣営に面子を潰された。サンダース支持者が多数、党大会の代議員席に紛れ込み、「TPP反対」のプラカードを頭上に掲げ、テレビに大写しにさせ、会場の随所でサンダースを応援する「バーニー」の合唱を続けた。


 同年の共和党大会でも党内分断が露見した。主流派とトランプ支持者の間の溝である。名門ブッシュ家や開催地のホスト役、オハイオ州のケーシック知事が大会をボイコットした。まだ主流派がトランプを認めない緊張感が残存していた。

 だが結果として、共和党ではアウトサイダーが大統領になった。他方、民主党ではアウトサイダーが指名候補には到達せずも、予備選で善戦して主流派を追い詰めた。それにより、党の指名候補は左派の政策に耳を傾ける姿勢が必須となった。つまり共和党は「直接手法」、民主党は「間接手法」で、外部の急進派による党変革が実現した。少しややこしいのは、民主党では「左傾化」に結実しているが、共和党で進行しているのはあくまで「トランプ党化」で、小さな政府を目指す従来の意味での保守化ではないことだ。

 24年の民主党大会では、結束を演出する一方で、ハリスへの応援演説の美辞麗句には、逆説的な「圧」の政治的意図も滲んだ。興味深いのは急進左派の動向だ。もともと左派は一貫してバイデン続投を希望していたが、党大会では「誉め殺し」と「尻叩き」に分かれて行動した。「誉め殺し」役は新世代左派のオカシオ=コルテスで、「尻叩き」役はサンダースだった。コルテスはイスラエル批判もほとんど行わず、ハリスに大甘の演説だった。すると米国の左派論壇誌『ネイション』が、コルテスの党大会演説はパレスチナの活動家への裏切りだという「失望記事」をすかさず掲載した。ハリスに間接的な「圧」を与えた形だ。

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