幹部自衛官も辞めていく
問題は「採用難」ばかりにとどまらない。せっかく採用した人材の流出に歯止めがかからないことも、自衛隊の人手不足を加速させている。2023年度の中途退職者は6258人と、過去30年で最多を記録した。2019年度の4659人からは34%も増加している。
ピラミッド型の組織の構成上、退職するのは士クラスが多いが、曹、幹部ももれなく辞めている。幹部の退職としては、従前は1尉〜3佐、年齢で言えば20代後半から30代半ばまでに辞めるケースが目立っていたところ、最近では2佐、あるいは1佐クラスでも辞めていく事例を見聞きする。
幹部自衛官が辞める要因はさまざまだ。「民間企業のほうが給料がいい」「転勤ばかりで家族と暮らせないことに嫌気が差した」「子育てとの両立が難しい」「未来に希望が持てない」などと、それぞれに悩み抜いたうえで、自衛隊を後にする。
民間企業の話で言えば、防衛関連予算が増加傾向にあり、企業がそこに商機を見出しているがゆえに中途で退職した自衛官を採用する動きも強まっているようだ。
幹部自衛官ともなれば、激務かつ数年に1度の全国規模での転勤がつきものだ。共働きや子どもがいる家庭であれば、家族がその都度帯同することも難しい。「妻の実家近くに家を買ったから、おそらく定年まで家族と一緒に暮らすことはない」「次の転勤で、10年以上ぶりに家族と暮らす」といった話も珍しくない。
さらに自衛官は定年が早く、現在のところ将官以外の自衛官は55〜58歳で自衛隊を去る。ただし共済年金が廃止されたいま、年金が支給されるのは民間と同じく、原則65歳になってからのため、多くの場合、再就職を余儀なくされる。再就職先は自衛隊が斡旋してくれるものの、ほとんどのケースで給料は大きく下がり、警備や運送業など、そもそも人手不足でキツイ業界の仕事を紹介されるケースも非常に多い。
きわめて優秀な自衛官が、「定年後に魅力が感じられず、それならば早いうちに再スタートを切ったほうがいいと思った」と辞めていくケースもある。そんな中で、労働時間は変わらないか減少し、給料は上がり、柔軟な働き方で家族とともに過ごせるうえ、65歳までは安定して働ける選択肢が目の前にあったとき、「国防」というやりがいだけで引き留めることは難しい。
ただ、民間企業の中でも人気が高いような大手企業への"華麗な転身"を果たすのは、自衛隊の中でも評価が高い人間であることが多い。結果的に自衛隊に残るのは、自衛官としての崇高な思いを持って国防の任に当たるごく一部の優秀な人材と、「辞めてもほかに行く場所がない」「自分の能力であれば民間に行くよりいまのほうが良さそう」と考える人材の二極化が進む。そのため中には、「あまり優秀ではない人材が出世してしまった結果、部隊がうまく回らずに部下がつぶれてしまった」ケースまであるという。
(『中央公論』8月号では、この後も、現場の自衛官の声や、部外活用・再任用制度などの取組みについて、論じている。)
1987年大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。 陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、12年、時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。18年、第一子出産を機に退職。現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。著書に『防大女子』『定年自衛官再就職物語』。