(『中央公論』2025年9月号より抜粋)
- インフレを知らない私たち
- 「消費革命」の時代
- 「かしこい消費者」という規範
インフレを知らない私たち
コロナ禍が落ち着き始めた頃、流通政策を所管する経済産業省の課長補佐が、意見交換をしたいと筆者の研究室を訪ねて来た。
聞けば、コロナ後の物価高を見据えた政策形成に問題意識があるそうで、しかし現役の官僚はみなデフレ時代の経験しかないため、歴史的な知見に学びたいのだという。グラフに示した通り、たしかに平成バブル崩壊後のデフレ時代は長く、現役世代にとってインフレは未知の領域といってもよいものであろう。
この小稿も、これからのインフレ社会に備えて昭和の歴史に学びたいという素朴な、それゆえに切実な実践的関心をもって読まれるに違いない。「昭和のインフレ」と括(くく)れば、戦時経済統制の時代や敗戦直後のハイパーインフレも重要なトピックであろうが、ここでは、ひとまず上述の関心の所在に鑑みて、主として高度経済成長期以降の歴史を対象に、日本の消費者はインフレにどう向き合ったのかを振り返ってみることにしたい。