昭和のインフレに消費者はどう向き合ったか
「消費革命」の時代
1959年の『国民生活白書』(経済企画庁)は、高度経済成長に伴う消費生活の大きな変化を「消費革命」という言葉で表現した。そこには、単なる消費水準の向上だけでなく、消費の質的な変化がみられたことを強調する意味が込められていた。いわゆる「三種の神器」として、白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が普及しつつあり、それに続くカラーテレビ、クーラー、自家用乗用車の「3C」とともに、人びとの暮らしを大きく変えていったから、たしかに革命と呼ぶにふさわしい劇的な変化であった。
ただし、消費革命がもっぱら明るい前向きな変化であったかといえば、そうではない。電化製品はもちろん、合成繊維やプラスチックなどの化学製品、インスタント食品などの加工製品といった、高度で複雑な工業製品が家庭に続々と押し寄せてくるという変化は、家庭用消費財の分野にまで技術革新が及んできたことの表れで、それまでにない新たな経験であった。従来の生活経験が通用せず、未知で危険な商品も少なくないなか、実際に消費者として事故や被害にあうことも珍しくはなかった。
加えて、家計の不安材料となっていたのが、著しい物価上昇である。事後的にみれば、平均的な賃金水準は消費者物価の上昇を上回る伸びを示し、実質的な所得水準はたしかに向上した。しかし、当時を生きる人びとにとっては、物価も賃金もいつどこまでどのように上がるかを見通すことは難しく、中長期的な家計管理は常に見直しを迫られる不安定さを抱え込んでいた。続々と登場する新たな耐久消費財には、月収を大きく上回る価格の商品も多く、割賦販売の利用も必要であった。子供の教育費用や、将来の持ち家取得にどう備えるかという点を含めて、計画的な家計運営の必要が高まる時代状況のなかで、インフレはその見通しを狂わせかねない不安材料だったのである。