温暖化対策と生物多様性を融合した指標
複雑系として機能する生物多様性の数値化は難しいが、総体のシステムとして生態系機能を捉え、それが吸収し得るカーボン量と吐き出し得る酸素量を計算し、その収支が取れるまで緑を回復させるとか、森林を保護するといった計算は可能だろう。そうした形で、まずは機能としての水質浄化や気温の上昇、炭素の収支などの部分で、生態系が果たすべき役割が正常に循環する範囲にまで温暖化ガスの排出量を減らすとともに、グリーンをいかにリカバーするかという試算はできるだろう。それを一つの基準値にすれば、多くの方にも具体的な目標が見えるし、何をやるべきか、どう働きかければいいのか、イメージが見えてくるはずだ。
例えば、これまでに行われてきたグリーンリカバリー(経済回復と温暖化解決の両立を目指す政策)の問題は、伐採した森林の代わりにユーカリの樹を植えていることだ。生物多様性から見ると、同じ樹種ばかりを植えると多様性の減少になってしまう。また、ユーカリは劣悪な環境でも育つが、水分や養分を独占してしまうので他の植物が生えにくくなる。さらに、油脂分を溜め込むので山火事が起きると手に負えなくなるといった問題がある。単純に緑の面積を確保することだけでなく、多様度という指標も組み込む必要がある。
あるいは、日本では戦後、伐採した森にスギやヒノキばかり植えたために、本来の固有種がなくなっている。その後、林野事業が衰退し、山の木が使われない「森の砂漠」と化して、ただ花粉を飛ばす状況になってしまった。しかも、成長しきったスギは炭素の吸収量が減るし、老木になって土壌の安定能力も失われているため豪雨が降ると土砂災害に繋がりやすいなど負の要素が増える。
しかし、スギを燃料として利用すればエネルギー利用効率は移送コストもかかる石油など化石燃料にも引けを取らず、エネルギー源として有用となる。スギの木や広葉樹の老木を伐採して直接燃やすことで得られる熱量は、LNG(液化天然ガス)や石炭に比べて高くはないが、炭化させたり、チップに加工することにより高熱量燃料となり得る。燃やせば炭素が出るが、新しい苗を植えれば成長期に光合成によって吸収した二酸化炭素を固定するので、正味の収支をゼロにすることができる。これを継続的に繰り返せばカーボンニュートラルな産業として林業が十分に機能するだろう。スギやヒノキに置換される以前にあった広葉樹を植えることで、多様性を回復させることもできる。こうした形で、多様度とカーボンの収支の両輪で計算していけば、一つの基準を作ることが可能になってくると期待される。
〔『中央公論』2021年3月号より抜粋〕
1965年富山県生まれ。京都大学農学部農林生物学科卒業、同大学大学院農学研究科修士課程修了。京都大学博士(農学)。宇部興産を経て、現職。現在、生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学、ダニ学。著書に『終わりなき侵略者との闘い』『これからの時代を生き抜くための生物学入門』など。