氷床変動のメカニズム
南極氷床の現状と将来の変化について考察する前に、まず氷床が変動する仕組みを簡単に解説しておこう。
氷床は、大陸に雪が降り、融けることなく蓄積し、やがて自重で圧縮され氷となって形成される。すなわち、氷床を太らせるのは降雪である。
南極に降る雪は意外に少なくて、1年間に降る雪は水に換算して180ミリメートル。日本の年間降水量(約1700ミリメートル)の10分の1である。実は、南極は砂漠並みに乾いているのだ。気温が低くて雪がほとんど融けないので、わずかな降雪でも時間が経てば巨大な氷床となる。
南極で雪や氷が融けるのは夏のひととき、比較的気温が高い沿岸部のみである。それでは、雪がたまり続けて氷床が太りすぎないのはなぜか。その答えは、氷床上の雪や氷が融ける以外に氷が失われる理由があるからである。その舞台となるのが、氷床の末端部が海に浮いてせりだした「棚氷」と呼ばれる地域である。
棚氷は南極沿岸の75パーセントを縁取っており、氷床全面積の12パーセントを占めている。棚氷の厚さは数百メートル以上。氷床が海と接する重要な境界となる。棚氷の末端は時々大きく割れて、氷山が海に流れ出る。これを「カービング」(元来は「牛の出産」という意味)と呼ぶ。カービングは、氷床から氷が失われる主要な理由のひとつである。
さらに、棚氷の裏側では、大気よりずっと温度が高い海水が氷を融かしている。これが棚氷の「底面融解」と呼ばれる現象である。カービングと底面融解によって失われる氷と、降雪によって蓄積する氷のバランスが取れていれば、氷床の大きさは変わらない。氷が増えたり減ったりするのは、いずれかに変化があったときである。地球温暖化が進行する現在、果たしてこのバランスはどうなっているのだろう。