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小林武彦 利己的な生と公共的な死――社会が決める人間の寿命

小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)

老いの意味とは何か

 人間の老いには、生物学的にはどんな意味があるのだろうか。

 一般的には、他の生物には人間のような長い老化の期間はなく、ほとんどの場合、生殖可能期間が終わると寿命が尽きて死んでしまう。

 例えば、人間と猿の遺伝子は1・5%しか違わないが、メスのチンパンジーやゴリラは死ぬまで生理があるから子供が産めるし、オスも生涯現役だ。寿命はだいたい50年で、死ぬしばらく前まで元気で、ピンピンコロリと死ぬのが普通である。

 同じように、多くの野生の動物もある時まで普通に動いていて、急速に元気がなくなって死ぬのである。多くの場合、心臓や血管といった循環器系に原因があり、コロッと死ねるのだ。

 人間も本来は元気に働き、急に亡くなっていたのだが、現在はその前にがんなどの病気になるため、あまり動かなくなって心臓や血管に負担がかからなくなった。そのため、循環器系の疾患で死ぬことができなくなってきたのかもしれない。

 また、人間の女性には閉経があり、男性も更年期になるとホルモンバランスが変化してくるにもかかわらず、人間だけはその後も20年、30年と生き続ける。このことに生物学的にどういった意味があるのかは難しい問題で、あまり意味がないという考え方もある。

 その一方で、人間の子育ては時間がかかるため、祖父母がいる家庭の方が子供がたくさん育てられる。そのために老後が存在しているという「おばあちゃん仮説」もある。

 人は3歳くらいまでは自分では何もできない。猿であれば母親の体毛に自らしがみつけるが、体毛のない人間では大人が能動的に抱っこしなければならない。

 さらに、20歳くらいまでは面倒を見なければならないため、養育期間が非常に長い。この間、両親が協力するほか、祖父母や周囲の助けが必要になり、そうした家庭が栄えてきたために、長生きが加速していったというのである。

 また、人間は社会的な生物であり、社会を維持するためには老いた人が必要だという考え方もある。若い人は基本的に、お金を儲けよう、偉くなろう、好きな人と結婚しようといった欲求に支配されているし、それが当然だ。しかし、そうした人たちだけで社会がまとまるかというと、おそらくまとまらないのだろう。

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