小林武彦 利己的な生と公共的な死――社会が決める人間の寿命

小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)

人間の寿命は社会が決めている

 社会の中に高齢者と若い世代、子供がバランスよく存在し、全体の意思決定を私利私欲が少ない長老が行うことで社会がうまく回っていた時代があった。シニア世代が社会的な安定を担うことで、若い世代が自由に個性を発揮して、生殖活動をし、新しい未来を築けたのだ。逆に言えば、高齢者の本来の役割の一つは、若い世代が自由になれるような、安定した社会を作るために力を尽くすことだとも言える。

 このように、人間の老いは生物学的な問題だけでなく、社会的な問題と密接に結びついている。

 先ほど人間以外の生物に老化はないと言ったが、人間に飼育されている動物は例外だ。飼い犬や飼い猫は年を取ると明らかに老いた姿になるし、腰が抜ける犬や猫もいる。動物園などでは病気の治療を受けながら生きている動物もいる。昔は犬、猫の寿命は10年程度と言われていたが、今では15年くらい生きている犬や猫は少なくない。こうした動物に老化が見られるのは、人に飼われたことでヒト化しているからである。

 ペット化された生物がヒトと同じように老いるということは、私たち人間は自分たちで長い老後を持てるような社会を作っていることを意味する。例えば、先進国の人は発展途上国の人と比べると20~30年は寿命が長い。途上国の中には今でも平均寿命が50代のところもあり、日本に生まれただけで寿命に関しては30年くらい「得」をしているとも言える。つまり、人間の寿命は社会が決めているのである。

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