この時富岳が唯一タイトルを逃した部門は「Green500」と呼ばれる、スパコンの省電力性能に関するランキング、つまり、より少ない消費電力で、より高い計算能力を競う順位だ。
この部門で世界ナンバーワンに輝いたのは、日本のA I 開発ベンチャー「Preferred Networks(PFN、東京都)」。拙著『「スパコン富岳」後の日本』(中公新書ラクレ)で詳述したが、GAFAに挑む気鋭の頭脳集団として、最近メディアでも盛んに取り上げられている日本産業界のホープだ。
同社の計算基盤担当VPにお話を伺った(月刊『中央公論』2021年1月号から抜粋)。
ハードとソフトの両面から攻める
─御社はもともと先端AIである「ディープラーニング」のようなソフトウェアを開発する会社と理解しておりましたが、なぜここにきてMN─3のようなスパコンや、そこに搭載されるAIチップ(プロセッサー)などハードウェア開発に乗り出したのでしょうか。
まず事業の根幹にコンピューティングがあり、計算機クラスター(複数の計算機を結合し、一つの集団にしたシステム)をそろえることが競争力につながります。今後さらに計算機の量と質が重要になっていくだろうという読みもあり、会社のポジションを作っていくためにも自社でハードウェアの開発をはじめました。
─つまりディープラーニングで性能を出すためには、ソフトだけではなくスパコンやプロセッサーのようなハードも開発していかなければいけない、ということですか。
PFNの強みはソフトウェア開発であり、そのソフトウェアの力でハードウェアの可能性を最大限に引き出すことができると考えています。しかし、残念ながら(プロセッサー・メーカーなど)ハードウェア屋さんは我々のようなソフトウェア屋に対して、どういう処理が実行されているか、細かい仕様を開示してくれません。
その結果、ディープラーニングのソフトを開発する際にどうやると性能が出て、どうやると性能が出ないのか、という部分がわからないケースが出てくる。ソフトで「こうしたい」と言ったときに、ハードウェアの制約が付きまとうんです。
もちろん、ハードウェアの制約に合わせてソフトを書くというのは、我々の業界ではある意味普通ですが、そこをいったん逆転(の発想)というか、ソフトのことを考えたハードを自分たちで作ってもいいんじゃないか、と。要はソフトのことを考えたハードを作り、ハードの性能を最大限に引き出すソフトを作る。言わばソフト屋とハード屋の共同デザインみたいな形ですが、そこをきちんとやることで我々の強みにできるのではないかと考えています。
─御社はそうした発想の下に開発したMN─3を今後、どのような目的で、どう使用していく計画ですか。
MN─3は四八台の計算機が集まったソフトウェアの開発基盤です。実際、ハードウェアだけ作っても、それを動かすソフトがなければただの箱なので、そのソフトを作るというのが、まずやらなくてはいけないことです。
そこから先は当社の研究開発のワークロード(業務)をMN─3に載せていく計画です。主に画像処理系で良いモデルを作るといった業務ですね。これには計算機の力がかなり必要なので、まずはそこを狙ってMN─3を活用していきます。