その強い思いは実際の運用態勢に現れている。そこで、この富岳を駆使して先端科学の最前線で活躍する研究者へのインタビューを掲載する。今回、お話を伺う宮野教授は専門とする研究の傍ら、スパコンを自主開発できるほど、この分野に通じており、その力量を買われて富岳のコデザイン(共同設計)推進チームにも加わっていた(月刊『中央公論』2020年12月号から抜粋)。
進化する医療用AI
─これまで、がんゲノム(全遺伝情報)医療にスパコンやAIはどのように使われてきたのでしょうか。
人のゲノム(DNAに記された全遺伝情報)は本来、G、A、C、Tの塩基(文字)が何億、何十億と連なった長大な文字列です。が、ゲノムの「シーケンサー(読み取り装置)」から出力される文字列は各々一〇〇~一五〇文字位の断片です。長い文章をシュレッダーにかけたようなものですね。それらをつなぎ合わせて、元のDNAの文字列を復元するジグソーパズル解きのような作業にスパコンを使ってきました。
さらにシーケンサーから出力された文字列は、実は一〇〇〇文字に一個くらいはエラー(読み間違い)があるんですね。つまり我々が「これは(何らかの病気を引き起こす)遺伝子変異」と思っても、実は単なる読み間違いかもしれない。両者を区別するため、従来は数理的な方法を使いつつも、基本的には人海戦術で対処してきました。
しかし二〇一二年、我々が「全ゲノム・シーケンス(全遺伝情報の読み取り)に基づくがん医療」の研究を始める際には、そうした人海戦術では追い着かなくなり、IBMのAI「ワトソン(Watson for Genomics)」を導入しました。
ワトソンは、世界中のがんに関する文献や治験情報、薬の特許情報などに基づいて、どの遺伝子変異がこの患者のがんの原因になっているかを推定し、可能性の高い順番にランキングする。そればかりか「この変異には、現在治験中のこの薬が効きそうだ」ということを専門医に説明し理解できるように教えてくれます。
─二〇一六年、宮野先生をはじめ東大医科学研究所の医療チームが、ワトソンを用いた解析で「血液がんに侵され、死を覚悟した女性」の命を救って大ニュースになりました。現在、スパコンやAIの活用で、何人位の患者さんが救われているのでしょうか。
現時点の正確な数字はわかりませんが、最初の二〇一五~一六年にかけての一年間では二〇〇人位でしょうか。これはゲノム・シーケンスとAI解析で治療方針を検討した患者さん全体の約二割に当たります。ただ「完治した」という事例だけでなく、「症状の悪化を食い止めた」というケースも含めてですが。