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「富岳」の正体⑥ がん患者の命を救う全ゲノム解析とAI――富岳で劇的スピードアップ

宮野悟×聞き手:小林雅一

がんゲノム医療の理想と現実

─日本でも二〇一九年にがんゲノム医療が始まりましたが、それはいわゆる「遺伝子パネル検査」です。この検査では、患者のゲノムの中からせいぜい数百種類の遺伝子をチェックしているだけですね。

 多くて数百種類です。

─これに対し宮野先生は「(ゲノムの)全シーケンスでやるべきだ」と主張されていますね。

 最初から、そう言い続けています。そもそも厚労省に「がん患者のゲノムを調べ、そのデータに基づいて治療方針を決める医療をつくりませんか」ともちかけたのは私です。でも結果的には、患者のゲノムではなく、限られた数の遺伝子だけをチェックする「遺伝子パネル検査」になってしまいました。

─コストが一番の理由ですか。

 厚労省の官僚に話を聞くと、「全シーケンスによって治療標的にならない箇所の情報を得るということでは薬事承認が得られそうもない。だから各種のがんを引き起こす新たな遺伝子変異や治療法が見つかる都度、そのパネルにどんどん追加していけばいいじゃないか」と。これが厚労省の立場ですが、とにかくゲノム医療のスタート・ボタンを押しただけでも日本にとって大きな進歩と見るべきです。

─しかし今は人のゲノムを全解析しても費用はせいぜい五〇〇ドル位ですよね。

 来年は二〇〇ドル、いずれ数十ドルになると言われています。もちろん、今とは違うシーケンス技術を使うことになりますが。

─となると、全ゲノム解析によるがん医療が始まるのは時間の問題ですか。

 去年イギリスのNHS(国民保険サービス)が試験的に始めています。「ジェノミクス・イングランド」と呼ばれていますが、五万~一〇万人位の患者さんの全ゲノム・シーケンスをやっています。その検査対象にはがんも含まれます。いずれ日本でも実現されるでしょう。

─そこで富岳のようなトップクラスのスパコンはどんな役割を果たすでしょうか。

 臨床ではなくあくまで最先端の研究に使われると私は見ています。ただ、最先端のスパコン開発は正直、ベンチマーク・テストで一番になるのが目的であるように思えてなりません。たとえば「京」の時には、今のような「大規模データ解析とAIが使えるようにする」といった用途を想定して開発されませんでした。

 実は富岳プロジェクトも開始時点ではそうでした。これに対し私たちコデザイン・チームは「がんゲノム・シーケンスのような大規模なデータ解析、さらにAIをやれるコンピュータにしないと、研究の現場で使えないよ」と強く訴えました。

 五年間で一〇〇回以上のミーティングを重ねて、京のボトルネックや弱点を洗い出し、富岳の開発に反映させることができました。

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