「富岳」の正体⑥ がん患者の命を救う全ゲノム解析とAI――富岳で劇的スピードアップ

宮野悟×聞き手:小林雅一

コロナ重症化の要因を探る

─既に富岳を使って何らかの研究を始めていますか。

 富岳は今、試験運用中で、十月から本格運用される予定です。早くも今年三月末には、文部科学省から「富岳を使って新型コロナ研究など、国民の支持を得られるような研究ができないか」という依頼が来ました。そこで「ヒトの全ゲノムを解析して、コロナ重症化の要因を探索する」という研究を始めました。以来、全国で一〇〇を超える病院から毎週一〇〇人ベースで検体が送られてきて、今では一〇〇〇人以上の検体が集まっています。これは日本で最大です。

─データの解析も始まっているのですか。

 それはまだですが、十月には全ゲノム・シーケンスを始められると思います。富岳とSHIROKANEの両方でプログラムを走らせ、早く出た方の結果を使う予定です。

─SHIROKANEの方が早く結果を出すことがあるのですか。

 もちろん処理スピードは富岳の方が圧倒的に速いですよ。比較になりません。でも問題はそこじゃなくて、スパコンの運用面にあるんです。

 東大のヒトゲノム解析センターは私がセンター長を務めていましたから「このジョブは今すぐSHIROKANEでやってくれ」と言えば、すぐに始まります。これに対し、国が開発するトップクラスのスパコンには「共用法」という法律があって、皆が平等に使えるようにしなくちゃいけない。だから誰か他の研究者のジョブ(スパコンにやらせる仕事)がすぐ予定に入ってしまうんです。以前、京の時には、我々がジョブのリクエストを入れても、他の研究者のジョブ待ち、ジョブ待ち、待ち、待ち......で、一週間経ちました。結局、我々のジョブはキャンセル。これの繰り返しですよ。

─富岳でも同じことが起きそうですね。

 それを心配しています。だから私は京の時にも言ったんです。素粒子や宇宙論を研究している先生方がおられるところで、「皆さんの研究の価値は認めますが、物や宇宙の根源を解明することが一〇年遅れちゃいけませんか」と。

 私は京の時はなんと言われたかというと、「宮野がいなければどんなにこのプロジェクトが気持ちよくできたか、目に入ったゴミみたいなものだ」と。(京が国家プロジェクトになった)二〇〇六年からずっと言われ続けました。目の中のゴミのような存在がいろいろ言ってきたことが、富岳には完全ではないにせよ反映されています。

─率直な提言が実を結んだということですね。他にも富岳の応用を期待している分野はありますか。

 社会科学的な課題の解決です。各人の収入や家族構成など諸々のデータを集めるプラットフォームをグーグルは持っている。我々もプライバシーをきちっと確保しながら、日本に住む人たちがより快適に生活できる社会を実現していきたい。そこに富岳のようなスパコンが活用されることを強く希望します。

 


 このインタビュー記事は簡略版です。完全版は小林雅一著『「スパコン富岳」後の日本』(中公新書ラクレ)でご覧いただけます。

〔『中央公論』2020年12月号より抜粋〕

「スパコン富岳」後の日本

小林雅一

 世界一に輝いた国産スーパーコンピュータ「富岳」。新型コロナ対応で注目の的だが、真の実力は如何に? 「電子立国・日本」は復活するのか? 新技術はどんな未来社会をもたらすのか? 莫大な国費投入に見合う成果を出せるのか? 開発責任者や、最前線の研究者(創薬、がんゲノム医療、宇宙など)、注目AI企業などに取材を重ね、米中ハイテク覇権競争下における日本の戦略や、スパコンをしのぐ量子コンピュータ開発のゆくえを展望する。

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宮野悟×聞き手:小林雅一
◆宮野悟〔みやのさとる〕
東京医科歯科大学 M&Dデータ科学センター
センター長。

【聞き手】
◆小林雅一〔こばやしまさかず〕
KDDI総合研究所 リサーチフェロー。
1963年群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などを経て現職。『AIの衝撃』『AIが人間を殺す日』など著書多数。
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